セイヤクのセイヤク

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     セイヤクのセイヤク  私が、ランチを食べ終わったタイミングで、マキが口を開いた。 「そういえばあれ、もう見た? 私は昨日見たんだけど」  マキが言うあれとは、先週から公開が始まったばかりの映画の事だ。  その映画は、人気映画の続編で、前作は主人公の台詞が流行語になるなど、社会現象を巻き起こした恋愛物だ。 「ううん。まだだけど」 「意外ね。あんなに楽しみにしてたから、初日に見に行ったかと思ってた」 「そのつもりだったんだけど、急にバイト入っちゃって。できるだけ早く、見に行きたいんだけど」 「うーん……。」 「ちょっと、なに?」 「ワタシ的には、あの展開はちょっとね……」  私は、思わず声を上げそうになり、それをどうにか飲み込んだ。 マキの言葉は、あまりに予想外で、口を開いたら「どうして?」と、理由を聞いてしまいそうだった。  結果はどうあれ、大好きな映画の続編だ。 親友の言葉を疑うわけではないが、自分で目で見てから判断したかった。   「まあ、ああいうのが好きって人も、いるとは思うけど」 「聞きたい?」と言う、マキの目が悪戯っぽく見え、思わず頷いてしまいそうになる。 どうしようか思案している所に、店員さんがデザートを持ってきた。 「ご注文の品は、お揃いでしょうか」 「ハイ」  情けない事に、返事がかすかに上ずってしまった。 「なに? タイプなの?」 「そう言うわけじゃ……まあイケメンだとは思うけど」  すらりと伸びた手足や、淡青な顔立ちは、瀟洒な店内に自然に溶け込んでいる。 先ほどから、知らず知らずのうちに、彼の動きを目で追ってしまっていた。 「後で一緒に、写真撮ってもらおうか?」 と、言うマキの言葉は、あながち冗談ではない気がする。 「あの映画の俳優に似てるよね」とは続けなかった。これ以上映画の話を続けるのは、藪蛇かもしれれない。  私は、話題を変えるため、携帯電話のカメラでSNS用の撮影を始めた。 「フォトジェニクより、今は逆にチルでしょ」 と、彼女のおすすめのパフェは、無農薬で育てた国内産のスイーツをふんだんに使った、今人気のスイーツだ。    写真写りは良いが、ランチの締めには、ちょっと量が多かったかもしれない。  完食した後は、二人ともベルトの穴を一つずらす事になった。  それでも、完食するのが私たちのルールだ。最近はどのお店でも、写真を撮るだけ撮って、残す子も多いらしい。  確かに写真写りの良い食べ物ばかり食べていては、体は反比例していく。 いつか自撮りもアプリでも、加工仕切れなくなるくらいに。  でも、だからといって、写真だけ取るのは違う気がする。何かを得るためには、それ相応の対価を支払う必要があるはずだ。  飲むなら乗るなとはよく言うが、これからは、撮るなら、食べろだ。  そして食べたぶんは……。  お腹の脂肪を摘みながら「帰ったら、いつもの倍腹筋しなきゃ」と思っていると、彼女がポーチから薬の瓶を取り出した。 「よかったら、飲んでみない」 「えっ、なに? 痩せる薬?」 「あ! もしかして知ってた?」  冗談めかして言ったつもりが、まさかの返答に、私が慌ててかぶりを振るが、 「他にも色々と効果があって……」  マキは、特段気にかける様子もなく続けた。 「痩せるっていうか、それも一つの方法なんだけど。この薬、なんでも出来るって言うか、願いが叶うんだよね。あっ、だからカナエールって言うんだけど」  「ちょっとそれ……」  マキの言う薬という言葉をクスリ、と脳内で簡単に変換出来てしまった。 願いが叶うとは、薬の作用に幻覚作用でもあるのではないか。  マキはいったいいつから……  言いようのない不安が、押し寄せてきた。 白い粒が、その白さと相まって、かえって怪しく見える。  私が、訝しんでいるのを察したのか、マキは矢継ぎ早に説明を始めた。 「全然、危ない薬とかじゃないし」 「みんな飲んでるし」 「SNSで話題で」  余計に怪しかったが、薬局で取り扱っている市販薬だというので、ひとまず話だけでも聞くことにした。 マキにクスリを止めるよう説得するのは、それからでも遅くはないはずだ。  マキの話をまとめるとこうだ。  この薬『カナエール』は、『オオバヤシセイヤク』という会社が生産している商品で、飲む前に願い事をすると、その願いが叶うのだと言う。  願いが叶う=『カナエール』  そんな安易なネーミングや、どこか似たような社名も胡散臭さは拭えないが、とにかく、今話題の商品らしい。 「そんな物、あるはずが無いでしょ」 と、即座に否定したが、 「テレビCMでもやってたよね」 と、起用されていた女優の名前を挙げたので、その後は反論出来なくなった。  そのCMに覚えはなかったが、知らないのは、私だけなのだろうか。 そういえば、最近バイトが忙しく、帰宅してからテレビを付けない日も多かった。 マキの話は半信半疑ながら、なんとなく体に害は無いような気がしてきた。  ビタミン剤か何かで、健康を補助するサプリメントか何かだろうか。 「健康的な体を作る事で、あなたの夢を叶えるお手伝いをします」そんな所か。 きっと、ネットに大袈裟に、成功体験が書かれていたのだろう。  もし本当に願いがな叶うなら、毎日トリックアートみたいなメイクをしなくても済むし、バイトをしなくても好きな服が買える。 かっこいい彼氏だって。  説明の間「みんな飲んでいる」と何度も言うので「みんなって……」と、店内を見渡すが……なんとも言い難い。  表情から察したのか、マキが続ける。 「でもやっぱ、副作用とみたいなものがあって」 「ほら、やっぱ危ないんじゃ……」  そう言い切る前にマキは、 「いいから見てて」 と、お冷やで薬を一粒飲んだ。  すると目の前で、起こった出来事がすぐに理解出来なかった。 マキのおなかが、見る間に凹んでいく。 ふざけてお腹を凹めているのではない事は、明白だった。 マキは一つずらしたベルトの穴を、あっさりと元の位置に戻したのだ。 「すごい……でも、どうやって……」 「だから言ったじゃん。願いが叶うって。飲む前に、お腹が食前に戻るようにって願っただけ。あっ、でも見てて欲しいのはここから。巻き添えくらうといけないから、ちょっと離れてて」 「ええっ!」  巻き添えと聞いて、一瞬身構えた。  直後に、先程の店員さんがよろけて、他のお客さんのパフェを、マキのワンピースにこぼしてしまった。白いワンピースが、茶色く染まっている。 私には、運んでいる途中に、なにも無いところで、突然足がもつれたように見えたのだが。  これはいったい……。  マキは「弁償させてくださいと」と、何度も謝罪する店員さんの申し出を断ると、 「少しシミになるかもしれないけど、まあこれくらいなら、想像の範囲内かな」 と、ほとんど気にする様子もない。 「あの店員さんには、逆に悪いことしちゃったけど」 「どういう事?」 「これが副作用。正確にはセイヤクっていうみたい」 「セイヤク?」  先程の薬の瓶に目をやった。 オオバヤシセイヤクのロゴの下に、 『大林制約』とある。 「なるほど製薬じゃなくて、制約ね」 さらに詳しく読んでみる。 ・制約とは物事のための必要な条件です ・制約は、願い事の大きさに比例しますのでご注意下さい 「願いを叶えるためには、何か失う物があるって事みたい。だから、あんまり大きな願い事には注意が必要ね。私の場合は、痩せるために、ワンピースダメにしただけで済んだけど」 「でもそのワンピース高かったでしょ」 「うーん。でも、彼の連絡先聞けたし」  「ええっ! いつの間に」  結局は、弁償してもらうかどうか、ワンピースを一度洗濯してから決めたいと言う口実で、彼の連絡先を聞いていたと言う。  制約については気がかりではあったが、マキのように悪い事だけでは無いのかも知れない。  そう思い、一粒飲んで店を出ることした。  私の制約は、と言うと……。  まず、席を立つ時に、ロングスカートの裾が椅子に挟まり、破れてしまった。 さらに履いていたヒールが折れて、お洒落な店内の床にヘッドスライディング。 気のせいだと思いたいが、何やらシャッター音のような物も聞こえたので、誰かに撮影されていたかもしれない。  制約の規模からして、マキより大きな願い事をしたのは、バレバレだったようだ。    駅までの帰り道、マキは、恐る恐る歩く私を見て、制約は一度しか訪れないことを笑いながら教えてくれた。  しかし、その笑いも束の間——     マキの表情が曇るのと、空が暗くなるのがほとんど同時だった。 「あなた、なんてお願いしたの?」  見上げると、雲ではない何かが、ビルとビル隙間を埋め尽くしている。  目を凝らすと、巨大な鈍色の物体が、浮遊しているのがわかった。 不気味な機械音が、空から降り注ぎ、同時に上空の鈍色の物体から、小型艇らしき物が飛び出した。  まるで、映画さながらに……。  映画……映画……映画……。  そう、これはまさに映画の世界だ。 でもそうじゃない。私の思い描いた、映画じゃない。  私はただ…… 「あの映画のヒロインみたいな、恋がしたいって」   マキの話によると、私はこれからナントカ防衛軍を組織し、侵略してくるナントカ宇宙人と戦い、ナントカストーンの奪い合いを制し……。    やっぱり人気映画の続編なんて……。    
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