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ビオラとロゼッタの二人はカールトン公爵を探しながら、好機の視線を送ってくる男性たちに愛想笑いを浮かべるのに大忙しだ。おかげで会場の空気に耐えきれなくなったセシルは、二人の元から容易に離れることができた。
騒々しい会場から庭に飛び出すと、ようやくむせ返るような熱気と香水の匂いから解放された。どの華族たちもカールトン公爵をひと目見ようと必死なのだろう。会場とは打って変わって、広い庭には人の気配がない。
こうしてやっと他人の目から逃れることに成功したセシルは安堵し、深い息を吐いた。
息を吸い込めば、金木犀の低木樹があるのだろう。甘い香りが庭全体に広がっている。
目の前には大きな噴水があった。水は弧を描きながら軽やかに吹き出ている。足下には石張りのサークルが広がり、サークルから外れると、深い緑をした芝が絨毯の様に敷き詰められていた。
その庭の光景を、大広間ほどの明るさはないが充分周りを見渡せるほどの照明が照らしていた。
ぎぃ、ぎぃ。
コオロギが鳴いている。
人々の喧噪は消え、周囲はしんと静まりかえっていた。
聞こえるのは噴水から吹き出す細い水音と、コオロギの虫の音。ただそれだけだ。
外は肌寒い。
けれどもついさっきまで熱気に包まれていた身体にはこの温度が丁度いい。
見上げれば、藍色の空に月がぽっかりと浮かんでいる。その月は、研ぎ澄まされた夜気の中で白く輝いていた。
セシルは目の前に広がる美しい光景にうっとりと目を細め、この時ばかりは自分の生い立ちや今朝の悲しい出来事を忘れることができた。
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