灰かぶり。

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 けれども添えられた手紙には達筆な男性らしき文字でセシルを気遣う言葉が綴られている。文字や文面を見ただけでもその人がとても優しく、気遣いに溢れた人だということがよく判った。  以前、セシルはヴィンセントに、父が亡くなり、家計が火の車になっていること。だから薬代が支払えないことを書き記し、手紙を出したことがあった。対する彼からの返事は、亡きセシルの両親からすでに代金が支払われている。だから安心するようにと書き(したた)められていた。  けれどもそれが真実かどうかは定かではない。なにせ、ハーキュリーズ家が子爵から伯爵の爵位に就いたのはここ数年前の話で、たしかに散財する人間がいないあの頃は今よりずっと裕福ではあったが、母が生きていた頃はまだ貧しい暮らしが続いていた。だからもしかするとそれはヴィンセントの優しさで、薬代を支払っていない可能性が高いのだ。  毎朝薬と一緒に届く何気ない一通の手紙は、セシルにとって命と同じくらいとても大切な宝物だ。こんな気味の悪い容姿をした自分でも、亡くなった両親のように心配してくれる人がいる。そう思うと、自分は生きていてもいいのだと生きる活力が湧いてくる。  ヴィンセントには言葉にできないほどの恩がある。このお礼はいつか必ず果たそう。今よりもずっと健康になって彼に会い、滞っている薬代を支払おう。いつしかそれがセシルの夢になった。  しかしそれは夢のまた夢。彼がどんなに慈愛に満ちている人でも、自分の姿を見ればその考えが間違っていることに気付くだろう。
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