廃墟の町で

1/1
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ

廃墟の町で

 20XX年12月XX日。  隣国・グレアランド軍による首都リデルアへの三度目の侵攻。ゾンビに侵され既に都市としての機能をほぼ停止しているリデルアは、今度こそ一週間もしないうちに陥落してしまうことだろう。生き残った住民に残された選択肢は、捕虜としてグレアランド本土へ連行されるか、軍隊の目を盗んでリデルアを脱出するかの二つだった。  幸いにもいち早く軍隊の存在に気づくことができたオレ達は、地下市場から街の外へ続く抜け道を通ってリデルアを脱出することができた。オレ達と同じタイミングで街から逃げ出した住民もかなりの人数がいたのだが、その中にティアの姿は無かった。 「逃げ遅れたんだろうね、まあ女なら殺されてはいないだろうさ」  リデルアを脱出してから二日が経過した。オレとライレン、そして懲りずにオレに付きまとってくるシオンの三人は、リデルアから少し離れた田舎町にて身を潜めつつ、ティアの捜索を続けている。  地下市場からの抜け道には主に二つのルートがあり、片方は国土最南端の港町へ、片方はリデルアの東側に位置するテッドという田舎町に通じている。オレ達が使用としたのは後者だが、二日間聞き込みを続けてなんの成果も得られないあたり、ティアが港町へ逃げた可能性も考えるべきだろう。 「アイツに限ってあり得ない。ちゃんと逃げられているはずだ」 「随分信頼してるねえ」  テッドの町の住民は既に九割がゾンビによって命を落としているとの話を聞いたことがあったが、どうやら噂は本当だったらしい。リデルアからの地下通路以外に碌な地下施設が無く、狂人狩りの拠点も置かれていないこの町では、残っている建物はおろか生きている人間を探すのも一苦労という調子だった。グレアランド軍の目から逃れるにはうってつけの場所かもしれないが、人を探すには手がかりが無さすぎる。  都市以上に荒れ果ておおよそ町とは呼べない廃墟と化したテッドの裏通りを、オレ達は僅かな生存者を探して歩き続けていた。 「今日なんの情報も得られなかったら、この町を出て南へ向かう」 「冗談じゃないよ。ここと違って港町はリデルアに張るくらい人口が多いんだ。グレアランド軍が次に狙うとしたら間違いなくあそこだよ」  隣を歩くシオンを睨み上げると、彼は何が面白いのかこちらを見下ろしてニヤニヤと不審な笑みを浮かべた。 「誰もお前に付いてこいだなんて言ってない」 「なんてことを言うんだ、アベル。僕はこんなにも君を___」 「煩い」  シオンが肩へ伸ばしてきた手を振り払い、距離を取るために歩調を速めた。緊急事態だったために脱出時は行動を共にしたが、オレにはこいつと旅をするつもりは一切ない。何度もついてくるなと拒絶したのだが、彼はまるで耳を傾ける様子が無かった。これだから会いたくなかったのだ。  ライレンは先ほどから何やら考え事をしているようで、オレとシオンに二、三歩ほど遅れて無言のまま後を付いてきている。リデルアを脱出したあの日以降も相変わらずゾンビを見つけるたびに飛びかかっていく癖は直らないが、意気投合していたティアが心配なのか比較的気持ちが沈んでいるように見えなくもない。 「ライレン。アイツは絶対に見つかる、大丈夫だ」  振り返り言葉をかけると、ライレンは羽根飾りを弄りながらいつもの仏頂面を少しだけ和らげた。そのどこか自嘲するような笑みを見て、やはりティアを一刻も早く見つけなければという気持ちが一層大きくなった。  勝手に付いてきただけとはいえ、一週間も共に過ごせば情が移る。それにティアはシオンとは決定的に違うのだ。シオンは過去オレや周囲に危害を加えてきた人物だが、ティアは旅の中でオレのことを何度もゾンビから助けてくれた。恩を返さないまま捨て置くようなことは、少なくともオレにはできない。 「君は昔からそうだったよね」  気づけばまたオレのすぐ隣にきていたシオンがこちらを見てニヤニヤとしていたので、その視線から逃れるようにくるりと進行方向へ向き直った。  廃墟と化した民家に囲まれている路地は薄暗く、オレ達以外には全く人の気配がない。今日も収穫なしかと半ば諦めかけていたところで、路地の先に立つ小さな建物から微かに人の声が聞こえたような気がした。 「誰かいる」  振り返りながらその建物を指さして見せると、声はライレンの耳にも届いていたらしく、彼はこくりと頷いてオレの隣まで小走りでやってきた。  三人並んでその建物の前に立った。確かに数名の人間の話し声のようなものが聞こえる。一見ごく普通の民家だが窓にはしっかり板が打ち付けられており、他の民家に比べて全体の損傷も少なく、ところどころ剥げたり欠けたりしているものの壁や屋根がしっかりと残っていた。 「すみませ____」  正面についている木製のドアを叩こうとしたところで、ドアの向こうからパンッと民家に似つかわしくない音が聞こえた。視界の端でライレンが反射的に刀の柄に手をかけているのが見えた。  銃声だ。一体中で何があったのだろう。 「オレが先に行く。下がってろや、アル」 「え」 ”ドンッ”  返事をする間もなくライレンは小太刀を構え、オレの目の前のドアをいとも簡単に蹴破ってしまった。中にいたらしい人物の悲鳴が聞こえるとともに、オレの視界には衝撃的な光景が飛び込んできた。 「ティア!?」  そこには部屋の奥で固まって身を寄せ合ってる五、六名ほどの住民と、その手前で彼らへ銃口を向けて立っている一人の男、そしてその男の足元には、わき腹から血を流し床へ倒れ込んでいるティアの姿があった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!