最強の同行者

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最強の同行者

「話は後だぜ、シオンとやら」 「そうだね。僕は荒事は苦手なんだよ、ここは君にお願いしよう」  なんて身勝手な男なのだろう。オレの横に並んでライレンの背を眺める彼の口元には、相変わらず気味の悪い笑みが浮かんでいる。  シオンと再会した直後、ライレンがいつのまにやらオレ達の周りを取り囲むように集まってきていたゾンビ達に気づき、シオンに向けていた小太刀を迷いなくゾンビ達へと構えなおした。  都市には生き残っている人間が多い分、当然ゾンビの数も多い。十数体にも及ぶゾンビ達に囲まれてしまったこの状況、もっと周囲に警戒していれば回避できたはずなのだが、すっかりシオンから逃げることに気をとられてしまい気付くことが出来なかった。 「下がってろ。なんとかすっからよ」 「なんとかって、この数をか?」 「大丈夫」  いくら腕が立つとはいえ、隻腕の彼にこの数を任せていいものだろうか。なんとか隙を見つけて逃げ出す方が明らかに得策なのだが、ライレンはやる気満々な上にシオンも生意気なことにこの場から動く気が無いらしい。腕を組んで高みの見物を決め込む気らしいシオンを睨み、オレはライレンの方へと歩み出た。 「オレに何かできるこ……」 「無い」  ライレンは表情一つ変えずに冷たく言い放つと、ゾンビの群れに向かって左手で小太刀を振り上げながら飛びかかっていった。その殺陣はまるで舞でも見ているかのように鮮やかな動きで、裏路地には真っ赤な鮮血が飛散し次々に切り伏せられたゾンビが積みあがっていった。隻腕のハンデも人数の差も全く思わせることのないその戦いぶりには、あまりの容赦なさに恐怖さえ感じられる。 「どこか、逃げられないか……」  彼の戦いぶりに見惚れていた自分に気づき、オレはハッとなって視線を外した。慌てて路地の左右にそびえる廃ビルと廃屋の倒壊跡をきょろきょろと見渡すと、廃屋の瓦礫にしゃがんで通れば潜り抜けられそうな小さな隙間があることに気が付いた。 「ライレン!」  ゾンビに囲まれている彼に向かって大声で叫ぶと、彼は軽やかに刀を振るいながらちらりとこちらを向いた。 「キリがない! 逃げよう!」 「黙ってろや!!」  グッと眉間に皺を寄せてこちらを睨んできたライレンにビクリと背筋が震えた。夏にライレンと仲違いしたあの日、人間の男を切り伏せて返り血を浴びていたあの時のライレンの姿が過る。 「放っておこうよアベル、僕らだけで逃げればいいさ」  オレが隙間を見つけたことにシオンは気づいたらしく、彼はオレの肩をトンと叩いて瓦礫の方へと歩き始めた。  どうして彼には逃げるという選択肢が無いのだろう。いくらライレンでも、この数を相手にするのは無謀すぎる。どうすることもできずにその場に突っ立っていると、ふとゾンビの群れの中に妙な個体がいることに気づいた。  ”狂人は知能が著しく低いから武器なんて使えない”、確かティアはそんなことを言っていなかっただろうか。ライレンの遥か後方に、両手に錆びた双剣を持った一体のゾンビの姿がはっきりと見えたのだ。そいつは唸り声をあげながらフラフラと蠢く他のゾンビ共とは明らかに異なった様子だった。足取りは比較的しっかりしていて、口も閉じている為唸り声も上げていない。 「オイ、あいつ」  背後を振り返ってシオンに話しかけようとしたが、彼はすでに瓦礫を潜り抜けようと隙間へ身体を屈めているところだった。追う足も速ければ逃げ足も速い奴だ。 「気を付けろ!!」  大声をあげて忠告をするが、ライレンはついにこちらに見向きもしなかった。彼の周囲には次々に切り伏せたゾンビが山となっており、できた隙間になだれ込むように例の個体がついにライレンの目の前へと躍り出た。 「なんだ、こいつ」  武器を使うゾンビに遭遇したのは彼も初めてだったらしい。一瞬驚いたように声を上げたが、ライレンはゾンビが勢い任せに振り下ろした双剣を華麗に受け流した。その堂々とした立ち振る舞いは流石といったところで、彼は他のゾンビと同様にあっというまに双剣のゾンビも切り伏せてしまった。  オレの心配は本当に杞憂だったようだ。十分もたたないうちに広場へ群がってきた十数体のゾンビは全て切り伏せられ、ライレンは返り血こそ浴びても傷一つ付けられることなくその場に立っていたのだった。  ライレンはゾンビの山の傍へしゃがみこみ、いつものように一体一体から両親指の爪を剥ぎ始めた。 「なんだ、本当に強いんだね」  いつのまにやらオレの隣へと戻ってきていたシオンは、腕を組んで偉そうな態度で数メートル先にいるライレンを見下ろしていた。 「なるほど。アベルが彼に心惹かれるのはあの強さが原因か」 「は?誰が……」 「なら話は早い方がいい。もたもたしていると取られてしまいそうだからね」 「えっ」  シオンに肩を掴まれ嫌な予感がしたオレは即座に距離を取ろうとしたが、間に合わずに両肩に手を回され力任せに無理やり対面させられる。 「アベル、僕はずっと君のことが____」 「グレアランド軍の騎馬兵隊だーーーー!!!!!皆シェルターに逃げろーーーー!!!!」  シオンの言葉を遮るように、切羽詰まった様子の怒号と激しい太鼓の音が辺り一面に響き渡った。その声を皮切りに、ゾンビから隠れて暮らすために地下街やコンクリートで四方を高く囲んだ民家に住んでいたのであろう住民たちが、悲鳴を上げながら一斉に広場に飛び出し街の北側へと走ってゆく。 「グレアランド軍!?」 「邪魔が入ったね。まあ仕方がない、ここは一旦逃げようか、アベル」 「言われなくてもそうする! オイ、行くぞ!!」  舌打ちをするシオンを思い切り突き飛ばし、オレはライレンに駆け寄って彼の纏うローブの裾を思い切り引っ張った。 「何しやがる!まだ全部剥げてない!」 「言ってる場合か! 隣国の軍隊が攻めてきたんだ、隠れないと殺されちまう!」 「そんなもん、オレがまたなんとかすらァ」 「お前ひとりでなんとかなるような相手じゃない! 相手は軍隊なんだぞ!」  諦めずに怒鳴りながらローブを引っ張り続けると、ライレンは血塗れになった手でイライラと髪の羽根飾りを弄った。 「お前に死んでほしくないんだ、わかってくれよ……!」  ともかく必死だった。グレアランド軍の恐ろしさをオレはよく知っている。目の前でまた大切な人を失うのは、もうこりごりなのだ。 「……ああ、わかった」  ここまできてようやくこちらの気持ちを汲んでくれたらしく、ライレンは不満げながらその場から立ち上がってくれた。既に剥いだ爪をズボンのポケットへぎゅっと押し込むと、彼は右の袖をフラフラと揺らしながら街の北側へ続く道路へそそくさと歩き始めた。  20XX年12月XX日。オレ達三人が首都リデルアに辿り着いた日、シオンとの望まぬ再会を果たしてしまった日、そしてなにより。  この日は第三次リデルア侵攻の幕開けとなった一日として、後世に永く語り継がれることとなった。
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