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過去からの復讐者
「……そうだ、ティアは!」
ライレンが男から刀を引き抜くのを尻目に、オレはいつまでも覆いかぶさっているシオンを振り払ってティアの方へと駆け寄る。
意識はあるらしい。脇腹を抑えて弱弱しく呼吸をしながら、ティアはオレを見上げて苦しそうに笑った。
「ぁ……」
「喋るな、出血が酷いな……。オイ!この辺りに医者はいないのか」
隅で縮み上がっている住民たちに怒鳴りつけると、一番奥にいた白髪の老人が恐る恐る歩み出てきた。
「儂が……」
「頼む」
ティアを止血しながら、老医師はオレにこの状況に至るまでの経緯を説明してくれた。
「この子は儂らをかばって撃たれたんじゃ」
「何があったんだ」
「この家は儂らの集会場なんじゃ。少し前までは各自の家で暮らしていたんじゃが、最近はゾンビが増えてきたんでここに集まって暮らすようになったというわけじゃ。この子はリデルアから逃げてきたとか言っておったの。人を探しているとかで儂らに話を聞きに来たんじゃが、話の途中でそこの男が押し入ってきて、儂らを国へ連行するだのと言い出した」
「こいつ、グレアランドの兵士みたいだな」
ライレンの方を振り返ると、彼は倒れている男のローブをたくし上げて持ち物を漁っている。男はローブの下に真っ黒な軍服を着ており、オレには一目見ただけでそれが隣国軍のものであることがわかった。
「この子は自分が時間を稼ぐから逃げろと言ってくれてな。戦おうとしてくれたみたいじゃが、男に不意を突かれて撃たれてしまった。なんとか助けてやらなくては……」
「ああ、頼む」
ヘラヘラした態度で時に人を金で買おうとさえする、何を考えているのかよく分からない奴だと思っていたが、やっぱりいいところもあるんじゃないか。医師に治療されているティアを見やりながら、オレはライレンと男の方へ近づいた。
男は確認せずとも明らかに息を引き取っていた。表情一つ変えずに死体を漁るライレンに嫌悪感を覚えながらも、状況が状況故に喉から出そうになる言葉を無理やりに抑え込んだ。
「お前、本当にこの男を知らないのか?」
隣にしゃがみこみながら尋ねると、ライレンは無言のままこくりと頷いた。男はライレンの名前を知っていた。ライレンが知らないというのなら一方的に知られていたことになるが、まさかこいつは前にも隣国に喧嘩を売ったことがあるのだろうか。
「日記だ」
「日記?」
ライレンは死体の懐から掌に収まるほどのサイズの小さな手帳を取り出した。血に塗れた表紙には、手書きの文字で”20XX年”と年号が記されている。
「十年前か」
十年前といえば、リデルアが最初に隣国の侵攻にあった年の筈だ。過去二回のリデルア侵攻は、当時まだゾンビの影響が少なかったことや派遣された軍隊がごく小規模であったこともあり、国内で幅を利かせていた自治組織の力によって退けられていた。しかしここ二年ほどでその組織の機能もかなり衰えており、今回ばかりはそう上手くいかないだろう。
ライレンはペラリと手帳を捲り中身を読み始めた。手帳の背表紙には、男の名前らしき”リン”というサインが記されていた。
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