リンの日記

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リンの日記

 20X0年10月2日  先月末に決行へ至った隣国・アイスティールへの侵略作戦だが、連中の結成した自警団は意外にも手ごわかったようだ。今後は派遣数を増やし、一年以内に再び攻め込むとの噂だ。オレとロスはいよいよ来年グレアランド軍へ入隊する。国を豊かにするための戦に加われるのなら、それは願ってもない幸運だ。  20X0年11月11日  訓練後、ロスが妙な資料をうちへ持ってきた。軍に顔の利く男の家から盗み出してきたとか言っていたが、その内容はなんとも信じがたいものだった。隣国・アイスティールでここ数年発生しているパンデミックは、自然現象ではなく人工的に作り出されたウイルスによるものなのだという。我が国の教育機関が国民に嘘を流布しているというのか、いや、そんなはずがない。この資料が眉唾物なのだろう。  20X0年11月12日  ロスが資料を盗み出したことがバレた。オレまでとばっちりだ、ロスの隣人だとかいう男に丸一日説教を食らう羽目になった。とんだ災難だ。あの男は資料について決して他言するなと何度もオレ達に釘を刺してきた。あの資料、まさか書かれていた内容は本当だったのだろうか。いや、そんなはずはない。  20X0年12月1日  あの男にロスと共に呼び出された。男の家で、オレ達はあの資料以上に信じがたい話を聞かされた。  アイスティールで猛威を振るうウイルスは自然発生した感染症などではなく、「SS」と名付けられたまごうことなき生物兵器なのだという。しかもこの生物兵器が、我が国がアイスティールを侵略する為に”アイル教団”にばらまかせたものなのだとほざく。そんなはずがない、我が国が国民を欺き、テロリスト共と手を組んでいたなんて誰が信じるものか。  20X0年12月2日  あの男はオレとロスに協力を要請してきた。グレアランド政府が”アイル教団”と手を組んで恐ろしい生物兵器をばら撒いているという証拠を集め、国民に訴えかけて現政権に改革を起こすのが男の目的らしい。そんな母国に背くような真似ができるものか。オレはつっぱねたが、あろうことかロスは男の話に乗り気らしい。あいつは馬鹿だから、男に騙されているんだ。  20X0年12月9日  ロスと相談して男に協力することに決めた。あの男のことはいまいち信用に欠けるが、国に対する不信感を抱いたまま軍に入隊するなんて不誠実なことはできない。オレはこの件に関して調査を進め、我がグレアランドがあの憎き”アイル教団”との間になんの関わりも持っていないという事実を証明してみせよう。  20X1年2月24日  信じがたい。こんな事実があってたまるか。調べても調べても、出てくるのは我が国と”アイル教団”との間のきな臭い話ばかりだ。オレの両親を殺した教団をオレは絶対に許さない。あの教団を倒すために軍への入隊を志願したというのに、その軍が教団と手を組んでいるというならば、オレは何のために軍人になるんだ。 =中略=  20X1年6月14日  男が姿を消した。国について嗅ぎまわっていたのがバレて牢へぶちこまれたのか、それとも先走って教団にでも一人で特攻したのか。オレとロスは入隊してもうすぐ二か月になる。ロスは男の意志をついで調査を進めるらしい。ここまで来たらオレも付き合うことにする。ロスは唯一無二の親友だ、死なばもろともだ。 =中略=  20X5年4月1日  来月、我が軍は五年ぶり二度目のリデルア侵攻に打ち出す。20X1年に行われるはずだった作戦が何故ここまで長引いたのか、言わずもがな教団の連中が生物兵器の改良に時間を要していたからだ。近頃我がグレアランド国土内でも、アイスティールとの国境付近でゾンビが発生するようになった。生物兵器の強化と同時に、教団はグレアランド国民向けにワクチンを開発したらしい。教団を信じ切っている現政権はワクチンを来年にも別の感染症対策を偽って国内に流通させるつもりらしいが、テロリストに提供された薬など果たして信用に足るものなのだろうか。  20X5年4月10日  リデルア侵攻は今回も失敗に終わりそうだ。アイスティールの住民たちは、この五年の間に自警団とは別に対ゾンビに特化した組織を結成していた。あいつらは恐ろしい存在だ。どいつもこいつも戦闘能力が並外れている。ゾンビ共の中で生き残るため日々命がけで戦っている連中には、平和な国で暮らすオレ達では到底力不足だ。軍隊の数がまるで足りない。上は、ウイルスの力を過信しすぎている。  20X5年4月13日  何故だ、何故お前が死ななくてはならない、ロス。  お前はただ真実を示すために戦ってきただけなのに。  オレはこの日を忘れない。あいつを許さない。  20X5年4月14日  本日、我が隊はグレアランドへと帰還した。  リデルアの悪夢。あの大雨が降った直後から、戦場に倒れていた敵味方全ての死体がゾンビと化した。オレをあの強靭から庇って死んだロスは、その場で生ける屍と化し、再びあの男に首を跳ねられた。  ライレンと呼ばれたあの若い男、只者ではない。あの戦場で蠢くゾンビの大半を制圧したあの化け物を、親友の仇を、オレはいつか殺しに行かねばらない。  
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