果てを目指して

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果てを目指して

「オイ、そいつは私の分の魚だ」 「君はもう丸一匹食べただろう、食い意地の張った女だね」 「怪我人なんだから一杯食って直さなきゃだろ」  20XX年1月XX日。  ティアの療養のために一週間ほどテッドに滞在したオレ達は、現在国土東へ通ずる大街道を進んでセイルという酪農が盛んだった村へと向かっているところだ。  テッドを出て三日目の夜。街道沿いの宿屋で休むことにしたオレ達は、二階に広い客室を一室借りて一時休息の時を過ごしている。  慢性的な食糧難であるこの国では宿屋といえどベットと風呂を提供してくれるだけで、食事などは一切出されない。オレ達は道中の川で釣った魚を暖炉の火で焼いて、それを本日の夕食とすることにした。 「だいたいなんでお前はついてきているんだか。アル、この男好きにさせておいていいのかい?」  ベットに腰かけて二匹目の魚をむさぼりながら、ティアは何食わぬ顔で暖炉の前にいるシオンを指さして叫んだ。シオンは再会以来、何度撒こうとしても執拗にオレに付きまとってきている。 「良くない、本当に心の底からどこかへ行ってほしい」 「酷いねアベル、僕は毎晩寝る間を惜しんで君に愛を囁いてるじゃないか」 「お前の夜這いのせいで寝不足なんだこっちは」  シオンのせいで夜も一切気が休まらないのだ。オレの布団の中へ入ってこようとするわ、服の中に手を入れてくるわ、おかげで今も頭がボーッとしている始末だ。 「夜這い!? お前、私のアルに何してんだ!!」 「お前のでもねえよ!!」  ティアとシオンはとにかく仲が悪い。ライレンはシオンが加わって以来二人の言い争いに巻き込まれるのを面倒くさがってか、我関せずを決め込んで双六を広げ一人遊びをすることが増えるようになった。今も焼き魚を頬張りながら、部屋の隅に置かれたテーブルの上でサイコロを転がしている。一人で双六をして何が面白いのだろう。 「オイ」  ガミガミと口論を始めるティアとシオンを捨て置き、オレは腰かけていたベットを離れてライレンのいるテーブルへと向かった。正面の椅子に腰を下ろすと、ライレンは驚いたような顔をしてこちらを見上げた。 「何だ、アル」 「付き合おう」 「どういう風の吹き回しだァ?」 「いいから、駒を寄越せ」  不思議がるライレンから青色の駒を受け取り、テーブルの中央に散乱しているサイコロを一つ摘み上げる。 「アル、邪魔になるならあの男も殺してやろうか」 「オレがいつそんなことを頼んだ?」  今日はいい天気だね、とでも言わんばかりの調子でそんなことを聞いてくるライレンの額を、駒で軽く小突いてやった。彼は不満げに口を尖らせると、盤上のゴール付近に立ててある自分の赤い駒をスタート地点へと戻した。 「そういえばアル、お前年はいくつだ」 「どうした、藪から棒に」 「お前が常日頃から偉そうなのが気に食わねえ」 「なんだそれ。20だ」 「やっぱりオレの方が年上じゃあねぇか!」  こちらに人差し指を突きつけるライレンを無視して、オレはサイコロをカランと振った。 「お、五だ。幸先が良いな」 「聞いてんのかテメー」 「じゃあお前はいくつだ」 「22だ」 「変わらないだろ」 「いいや、変わるね」  ライレンが手元のサイコロを振る。カラコロと音を立てて盤面を転がったサイコロは、六の面を上にして静止した。 「一、二、三、四、五……ん? ふざけるなよ、落とし穴?」 「スタートからやり直しみたいだな」 「クソッ」  マスに書かれた文字を読み、ライレンは悪態をつきながらスタート位置へ駒を戻した。 「そもそもオレの誕生年は育ての親が目測で適当に決めたんだ。もっと年を取ってる可能性もある」 「それ、逆にもっと若い可能性だってあると思わないのか?」 「うるせェな」  育ての親、というと彼は孤児なのだろうか。この国ではさして珍しいことでもないが、流石に突っ込んで聞く気にはなれない。 「歳のことをいうなら確かシオンはオレより三つ上だったはずだ。年上だぞ、敬ってやれ」 「ふざけんじゃねえ、誰があんな奴」  次の出目は二だ。駒を進めた先のマスには、「馬を手に入れた!更に一進む」と記されていた。 「どんどん先に行きやがってよ」 「日頃の行いだ」  ライレンがサイコロを振る。出目は五。なかなかいい勝負になりそうだ。 「22ということは、五年前は17歳だったわけか」 「あ?」 「いや、こちらの話だ」  "あの戦場で蠢くゾンビの大半を制圧したあの化け物を、親友の仇を、オレはいつか殺しに行かねばらない。"  あのリンという男の日記に記されていた最後の一文。日付を見るに五年前に書かれた内容だと思われるが、こいつの強さはおそらく当時から文字通り化け物じみていたのだろう。 「明日にはセイルに到着する。頼むぞ」 「ああ」  テッドでの滞在中、オレはライレンにある頼みごとをしておいた。次の目的地であるセイルへ、今回オレ達は商売の為に行くわけではない。  リンの日記に登場したあるものがどうにも引っかかり、その手がかりを掴むために目的地をセイルに設定したのだ。ゾンビパンデミックの原因が生物兵器だということはオレたちにはわかりきっていたことであり、それをばら撒いた犯人がこの国と敵対しているグレアランドだと言われても正直さして驚きはしない。だがあの日記には、「SS」に対抗できるワクチンの存在が示唆されていた。そんなものが実在するならば、黙って見逃す手はない。  ゾンビの増加によって日に日に勢力が減退している例の自警団だが、その本拠地は首都リデルアではなくセイルにあるらしい。自警団のリーダーにこの日記を見せ、その助力を受けてなんとかワクチンを入手してやろうという算段なわけだ。  それに伴って、ライレンには一仕事こなしてもらう必要があるのだ。  酪農の村・セイル。あの村には入り口に関所があって、ある条件をクリアしないと入村することが出来ない。以前商売の為に入村しようとした際、オレは条件をクリアできずに門前払いを食らったことがある。 「任せておけ」  いつもこいつの異常なまでの戦闘力にヒヤヒヤさせられているが、今回ばかりは頼もしい限りだ。もう何度目かになるサイコロを振ろうとしたところで盤面に目をやると、いつのまにやらライレンの駒がオレの駒を追い越していた。 「やるじゃないか」  子供騙しとばかり思っていたが、双六もなかなか面白い遊びだ。
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