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名を偽る者
”バキバキバキバキッ”
おおよそ人間業とは思えない轟音を瓦割りによって周囲へ響かせた二人の男達。彼らの周りには粉塵と瓦の欠片が飛散し、足元に等しい高さだけ積まれた瓦は全て真っ二つになっていた。しかし、力比べの勝敗は見るに明らかだった。
「凄いな……」
隣にいたティアが息をのむ。
ライレンの前に置かれた瓦の下の地面には、まるで重機で抉ったかのような大きな裂け目ができていたのだ。彼は涼しい顔で左手をさすると、ふうと息を吹きかけていた。
「只者ではないな、貴様」
門番が感嘆の声を上げる。本来ならここから更に枚数を増やしどちらかが割り切れなくなるまで繰り返すそうだが、片手で地面まで割ってしまったライレンの怪力のおかげで試練は一度きりで終了した。
「絶対に敵に回してくないね」
「確かに」
苦笑いするシオンに、珍しくティアが同意を示した。
オレ達は門番に連れられ、先ほどの長方形の建物の中へ招かれた。そこで持ち物や身分証明書のチェックを受けたのち、四人そろって無事に門の中へ入れてもらえる運びとなった。
身分証を確認された際、横にいたティアに名前を覗き見られた。
「なんだ、本当にアベルって名前なんだ」
「……できれば、その名前では呼ばないでくれ」
「シオンは呼んでるじゃん」
「当てつけみたいなものなんだ、あいつのは」
「ふうん……? まあ、今更だからいいけどね」
納得がいったのかいかなかったのか、ティアは怪訝な顔をしたまま門番に自分の身分証を提示していた。
四人分の手続きを終えたのち、門番は外に出て錠前を解き、隣に取り付けられた巨大なハンドルを回して門を開けてくれた。
「さあ、行くか」
門番に見送られ、オレ達はセイルの村へと足を踏み入れた。
視界に飛び込んできたセイルの村は、門番の言っていたような罠だらけの村には到底見えなかった。舗装されていない道の脇にはのどかな牧草地帯が広がっており、その脇にはポツリポツリと小さな民家や、牛や馬が放たれている柵で囲われた区域があるのが見える。
「なんか、平和だな……」
今までに訪れてきた町のように倒壊している建物や蠢くゾンビ共の影は全く見当たらず、かといって生きている人間の気配もない。風が牧草を揺らす音、時折のんびりと鳴く家畜の鳴き声くらいしか聞こえず、周囲は静まり返っていた。
「ともかく、例の自警団だかのとこへ向かうかぁ」
ティアがこちらに向かって尋ねてきたので、オレはすぐさま首を横に振った。
「え?」
「悪いが、自警団長の元へはオレ抜きで向かってほしい」
「は?」
三人が一斉にこちらを向いた。驚くのも無理はない、自警団への協力の要請を提案したのはオレなのだから、本来であればオレが交渉へ向かうべきだ。
「どうして? ひょっとして、この村でも何か商売をするの?」
「いいや、違う……実はオレ、自警団に顔見知りがいるんだ。それによって、交渉がうまく運ばない可能性がある」
「なんだ、仲の悪い奴でもいるのか」
「まあ、そんなところだ」
「なるほどね、それなら話が早いじゃないか。アルだってバレなきゃいいんだろ?」
「え」
シオンとティアが顔を見合わせ、何かを企らんでいるかのようにニヤリと笑った。その向こうにいるライレンは、不思議そうに二人の様子を傍観している。
「なにを……」
「任せときなー」
ティアはその場に荷物を下ろし、ガサガサと何かを取り出し始めた。
20XX年1月XX日。
なんだかとっても、嫌な予感がする。
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