【番外】日常、それから

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【番外】日常、それから

「そういえばシオンとやら、アンタは狂人狩りじゃないみたいだけど、仕事は何をしてるのさ?」 「僕?」  20XX年1月XX日。テッドを後にして一日目の夜のこと。まだ万全の状態にないティアを野宿させるのは気が引けたので街道沿いの宿を探して部屋を取ったのだが、シオンが加わったことにより一団の空気はあまり良いものとは言い難くなりつつあった。  狭い部屋に押し込めるように並べられた四つのベットに各自腰かけ、オレ達はそれぞれの荷物を整理しつつ適当に言葉を交わしていた。 「アルと同じ旅商人かい?」 「いいや、少し違うよ。僕は家が鍛冶屋でね」 「鍛冶屋?」 「そう。色々あって店を継ぐのはよしたんだが、小さい頃から訓練はされていたのでその技術を使って刀や包丁を打って生活してる」 「なにそれ、旅をしながらで成り立つ仕事なの?」 「いいや、工房が無いとできない仕事だよ。リデルアとフルマイツに工房を持っていて、そこは弟子達に管理させているんだ。今は各地を回りながら取引を取り付けるのが仕事の大半になっている。まあ、今回のことでリデルアの方は廃業しなくちゃいけないだろうけれどね」 「なるほど。そういえば、アルと幼馴染だとか言っていたか?」  オレのベットを挟んで会話していた二人だが、ティアが問いかけたことで一斉にオレの方に視線が集まる。荷物を整理する手を止めて、オレはアルに向かって首をブンブンと横に振った。 「そんな生易しいものじゃない。こいつはストーカーだ」 「え?」 「違うよティア、僕と彼は将来を誓い合った恋人同士さ」 「今すぐこの部屋から追い出すぞ」  オレのベットへ乗り移ってこようとするシオンに向かって、思わず反射的に手に持っていた水筒を投げつけた。水筒はシオンの頭にガツンと当たり、彼は自分のベットに頭を抱えてうずくまる。 「痛いっ」 「あ、悪い。つい」 「仕方ないなぁアベルは。 今夜同じベットで寝てくれるなら許してあげよう」 「調子に乗るなよ」  シオンを睨みつけてから再び荷物整理に戻る。リデルアの地下市場で色々と仕入れたので、なにせ量が多いのだ。 「そうか、そういうことなら私とシオンはライバルだね」 「ほう、つまり君もアベルのことが?」  会話を通じて少しは打ち解けたのかと思いきや、二人はオレを挟んで視線と視線で火花を飛ばしあい始める。助けを求めるようにティアのさらに奥のベットを見れば、ライレンは胡坐をかいて何か小さな小箱のようなものをじっと眺めている。 「それなんだ?」  ティアを挟んでライレンに話しかけると、心ここにあらずといった表情をした彼ははっとなってこちらを向いた。 「これは、セ……友人から貰ったんだ」 「友人?」 「これも、そう」  ライレンは枕元に置いてある羽根飾りを丁寧に摘み上げた。ライレンが毎日欠かさずに髪につけているものだ。返り血のせいでところどころにシミが出来ているが、彼があの飾りをやけに気に入っているらしいことは一緒に旅をしていれば容易にわかる。 「そいつ、こういう派手なのが好きなんだよ」  ティアとシオンもいつのまにやら口論をやめ、ライレンの手元に注目していた。彼が小箱の蓋を開いて見せると、中には羽飾り同様に派手な装飾のネックレスや髪飾りが収納されていた。 「ライ、ひょっとしてそれ前に言ってた恋人のじゃないの?」  そういえばそんな話をしたこともあったか。あの羽飾りが元恋人のものだとしたら、意外にも彼は過去に執着する方だということになる。ライレンのベッドへ飛び移ったティアは、彼の手元を覗き込んで ニヤニヤと笑った。 「……違う」 「何、今の間。 絶対嘘じゃん」 「うそじゃない」  普段表情がやたら乏しい彼が、顔を赤らめて露骨に照れている。これはなかなか面白い。 「名前はなんて言うの?歳は?どこが好きだった?なんで別れたの?まだ好きなの?」 「煩ェな!ほっといてくれ」 「そう言わずに、答えてやれよ」 「アルお前まで……」  自分のベッドを降りてライレンのベッドまで行きティアの隣へ腰掛けると、ライレンは視線から逃げるようにそそくさとアクセサリーを小箱にしまいはじめた。  「名前くらい良いだろー?」  詰め寄ってくるティアに根負けしたのか、ライレンは「わかったわかった」と言いながら小箱と羽飾りを枕元へ戻す。 「名前はセナ。歳は知らない」 「知らない?」 「聞いたことがない」 「え、恋人だったのに?」 「そうだ」 「淡白だねぇ。どのくらい付き合ってたのさ?」 「さあ……一緒に居たのは二年くらいだと思うけどな」 「なんだか随分曖昧だね」 「昔の話だからな」  昔の話。頭にリンの日記のことがよぎった。リンがライレンの名前を知っていたのは、戦場で彼の名前を呼んだ者がいたからだと書いてあった。五年前のリデルアでライレンと一緒に居たのは、ひょっとしてそのセナという恋人だったのだろうか。だとすればその場で大量のゾンビを切り伏せたというのも、恋人を守るために必死だっただけなのだろうか。 「へえ、にしては随分心残りしてるみたいだけど?」 「そんなことねえよ、これは気に入ったから使ってるだけだ」 「どうだか。ねえ、セナってのはどんな人だったの?」  それまで柔らかだったライレンの表情が、ティアの質問によって微妙な陰りを見せたような気がした。 「……そうだな、世話焼きで明るくてよく笑った。あと、とてつもなく乱暴な女だったな」 「乱暴?」 「銃や体術は別だけど、オレに剣術を教えたのはそいつなんだよ」 「へえ!君より強かったってことかい」 「まあ、そういうことになるのかもしれねえな」  ライレンが廃墟の町・テッドで見せた鮮やかな太刀筋。あれを教えた人物がいるのかと思うと恐ろしい気持ちになる。彼がゾンビから逃げることを好まないのも、その元恋人の影響なのかもしれない。 「それで、なんで別れたのさ?」 「ズケズケと聞くな……」  容赦なく質問を繰り返すティアに、思わず冷ややかな視線を投げる。ライレンに答えてやれとは言ったものの、流石にそんな部分まで尋ねられるのは気の毒だ。 「……いや、それは言えねえや。またアルにお前とは一緒に旅ができねえなんて言われちゃ堪らねえからな」 「え、どういうこと?」  やはり気に障ったらしい。首を傾げるティアとその横にいたオレをベッドから追い払い、ライレンは逃げるように布団の中へ潜り込んだ。 「ちょっと」  ティアはまだ物足りなかったらしく頬を膨らませている。  オレが以前ライレンとの二人旅を辞めた原因は、彼がオレの目の前で殺人を犯したことにある。それを理由に今の会話を打ち切ったということはつまり、  ライレンは、前の恋人であるセナの前で殺人を犯したのだろうか。
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