血塗れ男と旅をする

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血塗れ男と旅をする

「アル、ここで待ってろ」 「えっ、おい」  脅迫血塗れメロンパン強奪男・ライレンと出会って早二日。  パンの礼にしばらく護衛をするという彼の申し出を丁重に断ったはずだったのだが、ライレンは人の話に一切耳を貸さず、オレの旅に無許可で同行し始めた。一人分の食料にすらなかなかありつけないこの世界では同行者など煩わしい存在になるに違いないと考えていたオレだが、予想外にもこの奇妙な男はかなり役に立つ存在だった。  この旅路において飢えよりも更に障害となる存在、つまりゾンビを退けることにおいて、ライレンはとにかく優れた能力を持った男だったのだ。  20XX年7月XX日、夕立が去り蒸し暑さと湿気で息苦しさを感じる夕暮れ時。とうの昔に家主を失った平屋廃屋の居間で雨をやり過ごしたオレ達だったが、いつの間にか屋内に侵入してきていたらしいゾンビの存在にいち早く気づき、どこか隠れられる場所は無いかとあたりを見回していた。 「どうするつもりだ」  堂々と居間を出て行こうとするライレンの片腕を掴んで制止すると、彼は髪に付いている派手な羽飾りを弄りながらオレの手を振り払った。 「どうするって、いつも通りにすらぁ」  全てが荒廃しきったこの国において、ゾンビとの遭遇は日常茶飯事だ。現にライレンと出会ってからの二日間、オレ達は既に四・五回程度ゾンビと鉢合わせてしまっている。普通なら身を潜めるか全力で走って逃げるなどして危機を回避するところなのだが、ライレンはこれまでの遭遇において一度もそういった手段を取らなかった。  彼は出会った全てのゾンビ達を、腰に携えた小太刀で切り伏せているのだ。 「まだ気づかれていない。わざわざ殺さなくても、身を潜めていればじきにいなくなるだろう」 「切ったほうが早ぇ。それになんだ”殺す”って、奴らは既に死体だぞ。殺すも何もあるもんか」 「あ、待て!」  オレの言葉に耳も貸さず、ライレンは腰から小太刀を抜いて居間を出て行った。 「クソ」  この二日間一緒に居て感じたことだが、彼はどうにも倫理観に欠けている。世界がこんな状態なのだから致し方ないところもあるのだろうし、最近では「ゾンビ狩り」などという職業まで出てきているなんて話だ。ゾンビから逃げるのではなく対抗を、と考えることそのものはそう珍しい思考でもないのだろう。しかし、彼はゾンビを切り伏せることに対しあまりにも躊躇いがないように思える。死体とはいえ人の姿のしているモノの返り血を浴びてなお平然としている姿には、正直なところ恐怖を感じざるを得ない。 「一体何者なんだ……」  オレには剣や戦のことは分からないが、素人目に見てもライレンはかなり腕の立つ男だ。彼は名こそ名乗ったが経歴や家族のことについては自発的に全く話そうとしないので、ゾンビを一瞬で切り伏せるあの戦闘力が一体何によって培われたものなのかは一切分からない。なんとも不気味だが、のっぴきならない事情でもあったらと思うとなかなかこちらからは聞けない話である。  壁を数枚隔てた場所から、ゾンビのしゃがれた断末魔が聞こえた。かと思うとライレンが居間へ血塗れの小太刀片手に戻ってきて、大きな欠伸をしながらオレに向かって手招きをしてきた。 「終わった。行くぞ」  その目には相変わらず、罪悪感や動揺といった揺れが一切見られない。オレが無言でうなずき、いつも持ち歩いている大きなリュックを背負い立ち上がると、ライレンは刀を鞘に納めて玄関へと歩き始めた。 「……」  廊下の隅には胸部から大量の血液を垂れ流し白目をむいて動かなくなっているゾンビが二体転がされていた。そのおぞましい光景に吐き気を催しながらも、オレはなんとかライレンの後について廃屋の外に出た。  夕立はちょうど止んだらしい。橙と黒が混ざり合う空の下には、うっすらと小さな虹がかかっていた。  
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