血旗を掲げよ

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血旗を掲げよ

「アイスティール血勇団長・チーノという。よろしく頼む」  豪奢な毛皮のコートを羽織った四十代くらいに見える背の低い女性が、オレにむかって笑顔で握手を求めてきた。彼女の隣に控えている、黒髪の青年の視線が痛い。できるだけ彼の方を見ないようにしながら、オレは笑顔を無理やりに作ってチーノの握手に答えた。 「レ、レナという者だ。旅をしながら商人をしている。急な訪問にも関わらず、対応して頂いて感謝する」 「構わぬ構わぬ。敵がやたらに多い故セイルは排他的な村だが、わしはそもそもこの体勢をあまり好いておらんのじゃ」  村の主要な施設は全て地下、さらに通路には罠が張り巡らされ、住民もよそ者には厳しい態度を取っていた。なんとか自警団の拠点に辿り着いたものの団長に謁見するまでもまた一筋縄ではいかないと考えていたのだが、扉を叩くと例の黒髪の青年が対応してくれ、ワクチンの話をするとすぐに団長と話す場を設けてくれた。  拠点の中は天井の高い巨大な洞穴のようになっており、中央には石で作られた机や椅子、壁際には団員が休むためのものなのかベットやソファ、本棚やちょっとした調理場なども備え付けられていた。想像していたよりも生活感のある拠点の中を団員と思われる青年たちの不思議そうな視線を浴びながら、オレ達は拠点の奥に置かれているいちだんと大きい正方形のテーブルに案内された。席に着くとお手伝いらしき十歳くらいの少女が一人一人にお茶を出してくれ、数分と待たないうちにテーブルの向かいに団長と青年が並んで腰かけた。   「おっと、こいつの紹介を忘れておったな。ルチア・リーゼンフェルトといって、現在副団長をやらせておる。まだ24歳と若いが、なかなかのやり手じゃ」 「……ルチアだ。よろしく」  団長にバシバシと背中を叩かれながら、ルチアは無表情で頭を軽く下げた。彼の視線は、明らかにオレをじっと見据えている。 「あ、こちらも同行者の紹介を……」 「ライレンだ」 「ティア・アーレンスだよ、狂人狩りやってる」 「僕はシオン・メーベルト。鍛冶屋だ」 「ほう、旅商人に狂人狩りに鍛冶屋と……随分風変わりな一団じゃな」 「まあ、ちょっと成り行きで」  ルチアがオレを凝視していることに気づいているのかいないのか、三人は何一つ物怖じすることなく名乗りを上げた。団長はフムフムと満足げにうなずくと、「さて」と息をつきながら腕を組んだ。 「早速本題じゃが、狂人に対抗できるワクチンが存在するというのは確かなのかい?」 「ああ、その可能性が高い。ライレン」  団長に頷いてライレンに目配せをすると、彼は懐にしまっていたリンの日記をテーブルの上に差し出した。 「それを読んでほしい。テッドに居たグレアランドの軍人が持っていたものだ」 「グレアランド軍が? ……わかった、読んでみよう」  団長は日記に手を伸ばし、パラパラとめくりながら内容を読み始めた。その間もルチアはオレのことをじっと見つめているので、一瞬たりとも気が休まらない。  バレている気がする。オレが女装した男だということも、適当に名乗ったレナという名前が偽名だということも、彼のよく知る人物であることも。 「なるほど、アイル教団か……」 「心当たりがあるのか?」 「ああ、ちょっと小耳に挟んだことがあってな。ハルニシアのカルト組織だと思うが、ここが絡んでいるとなるとワクチンがあるのはグレアランドではなくハルニシアじゃろう」  ハルニシアというのは、隣国グレアランドの西側に位置する広大な王国の名前だ。オレ達の国やグレアランドとは異なり、平和で資源にも恵まれた国であると聞く。 「ハルニシア……」 「ワクチンを盗み出すには、グレアランドを経由してハルニシアまで行く必要があるということじゃ。なるほどこれは厄介じゃのう。だが、ワクチンさえあれば我がアイスティールの情勢は大きく好転するに違いない。レナとやら、わしらも存分に力を貸すぞ」 「本当か! それは有り難い」  まさかこんなに一瞬で快諾してもらえるとは思っていなかった。ルチアの視線が痛いことを除けば、存外彼女らとはうまくやれるかもしれない。  20XX年1月XX日。この国に蔓延るゾンビを退けるワクチンを入手すべく、オレ達はアイスティール血勇団と手を組むこととなった。
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