後悔先に立たず

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後悔先に立たず

 20XX年1月XX日。  ワクチンを保有していると思われる"アイル教団"へと乗り込む作戦は二日後に決行する運びとなり、オレ達はその日まで血勇団の拠点の中で滞在させてもらえることになった。  夜も更けてきたので今日のところは夕食を取って休んでしまおうということになったのだが、割り当てられた二段ベットの下段の布団に入った直後、トラブルが発生した。 「オイ」  その声に背筋が凍る。壁の方を向いたまま目だけで声の方を見やれば、すでに灯りが落とされた拠点の暗闇の中、黒髪の青年がこちらを見下ろし佇んでいるのが見えた。 「……な、なんですか」  マズイ。ルチアは拠点外に自宅があるとのことだったので油断して、拠点の灯りが落ちた後に化粧も落とし髪も下ろしてしまったのだ。慌てて壁の方を向き直り、鼻のあたりまで布団を上げる。 「もう茶番はよせ、どうせ一緒に国境を超える羽目になったんだ。アベル、お前今までどこで何をしていた」  名前を呼ばれてしまっては致し方ない。観念して布団を脱ぎベットの上に身体を起こすと、ルチアは何か感情を押し殺すような顔をして同じくベットに腰かけた。 「……言っただろ、旅商人だ」 「それならそうと便りくらい寄越しても」 「今更何を」 「父上は確かにお前を勘当したが、オレがお前の兄であることには変わりないんだ。心配していた」  はっとさせられた。まさか彼から、そんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。  父は政府お抱えの軍人だった。この国にゾンビが蔓延り、全てが崩壊してしまう以前の話だ。ルチア……兄は、亡き父の意思を継いで軍も政府も失ったこの国を憂い力を振るう自警団に入団した。  オレは兄のように父の意思に賛同できなかった。武力以外でも国を救えることを証明したくて、家を捨て旅商人になった。結局今は人をも殺す狂人狩りと旅をして、こうして自警団に力を借りにきているあたり、オレは結局武力という術を捨て切れていないのかもしれない。  考えが甘すぎた。全てが終わったこの国では、もはや綺麗事は通らない。それに気づき始めていたからこそ、兄に合わせる顔がなくて、ここに来ることすらライレン達に押し付けようとしていたのだ。  こんな世を知らない身勝手な自分を、それでも兄は心配してくれていた。 「お前は大事な弟だし、ちゃんと意思を持って家を出て行ったんだから立派な男だよ。オレに会うかもしれないのにここまで頭下げにきたのは、お前なりの国を救いたいという気持ちだろう」  兄はオレのことをオレよりよくわかっているらしい。  ルチアに会うかもしれない、また武力に頼ることになりかねない、それでも自警団に力を借りにきたのは、ただワクチンというこの荒廃した世界に指した一縷の光をみすみすみ逃すわけにはいかないという思いがあったからだ。 「お前はお前の正しいと思うように生きろ、オレはオレで正しいと思うように生きる。だから名前や姿を偽る必要なんかない、オレの前でも堂々としていたらいい。それだけ言いにきた」 「……ああ、お前の言う通りだ。ありがとう、ルチア」  ルチアはこちらに背を向け、自分の寝床へと歩いて行ってしまった。  兄のおかげで踏ん切りがついた。今は一刻も早く、ワクチンを入手することを考えていよう。
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