一難去ってまた

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一難去ってまた

「おい……おい! アル! 聞いてんのか!」  目の前で怒鳴られて、現実に引き戻される。  顔を上げるとそこには、汗と返り血に塗れた額を小太刀を持った手で拭うライレンの姿があった。  20XX年1月XX日。  国境を目指しセイルの村から出発したオレ達四人と団長、そしてルチアの計六人は、国土西に位置するコード山脈までやってきていた。この山脈は隣国との境を縫うように聳えていて、この山々を越える以外にグレアランドへ向かう道はない。  森が深く道もろくに整備されていないので行く道は険しく、何よりこのあたりには国内でも特にゾンビの数が多い。山脈のあちこちに盆地があって元は各所に集落があったのだが、増加するゾンビによって今やそのほとんどが廃墟と化しているという。元からあった墓地の土葬死体やゾンビに襲われたことで命を落とした住民たちの死体がゾンビと化し、いまだに山脈の中をさまよい歩いているらしい。なんにせよ通常時なら人はあまり寄り付かない場所だ。 「悪い……」  夜。森の中に樹木の開けた場所を見つけ、薪を組んで休む準備をしてたオレ達だったが、ゾンビの襲撃に遭い戦闘に及ばざるをえなくなった。  戦力にならないオレとシオンは傍にあった大きな岩の影に隠れるように言われ、ライレン達四人は焚火の周りに続々と集まってくるゾンビ共に対し軽やかな動きで刃を振るっていた。その様子を眺めながら、オレはつい物思いに耽っていたのだった。  セイルの村を出て五日目になる昨夜、オレは就寝前にティアに呼び出され、久々に彼女と二人きりで喋ることとなった。  他の四人が薪を集めたり川で飲み水を組んだりと準備をしている間、オレ達は倒木を見つけてそこに二人で腰かけ、何か深刻そうな顔をしている彼女が話を切り出すのを待っていた。 「あのさ、アル」 「なんだ、何かあったのか」  正直、オレはティアがこの一団を抜けたいと言い出すのではないかと思っていた。    元はと言えば彼女はよくわからない適当な理由でオレ達についてきたわけで、他国に侵入して存在するかもわからないワクチンを回収しにいくなんて旅に同行する義理はない。ライレンやシオンもその本心は定かではないが、彼らは他人に気を遣うような性格ではないので嫌なら嫌だとハッキリ言うだろう。 「何でも言え、別に怒ったりしない」 「……うん、ありがとう。あのさ、このタイミングで言うのはおかしいんだってわかってるんだけどね。でもグレアランドに侵入なんかしたら、今度こそいつ死ぬかわからないから」 「ああ」  彼女は決心したようにこちらを真っすぐに見据えると、オレの手の上に両手を重ねて口を開いた。 「好きなんだ、アル。 出会ったときにも言ったけれどね。 この国を出る前にここでハッキリさせておきたいんだよ。 もう一度考えてみて、真剣な返事が欲しい」  驚いた。  正直会った時には冗談で言ったいたのかと思っていたのだが、まさか本気だったとは。それにティアが何故ここまで真剣に自分を想ってくれるのか不思議でならなかった。戦う術のない自分はティアに救われることさえあれど、彼女に何かしてやれた試しなどほとんどない。特にセイルの村で血勇団のアジトへ向かう道中など、情けない姿を晒してばかりだったというのに。 「なんで、そこまで」 「んー、正直わからない。顔が好きなのは前も言ったけど、やっぱりアルの感覚が好きなのかも」 「感覚?」 「狂人を殺すのを当たり前だって思ってない感覚。私達からしたらそりゃ甘っちょろい考えなわけだけど、実際アルはライレンに会うまで一人で旅をしていたわけで、彼らを殺さないで生き延びる方法だってちゃんとあったわけでしょ。まあ、ここから先の道でそれが通用するとは思わないけど……でも、そういう感覚が残ってる人、この国には少ないからね」 「……」 「アルのそういうまっすぐなとこが好き。私に無い感覚をまだ持ってるのが好き。だから考えてほしい。それで、できればこの国を出る前に答えが欲しい。別に断ったって、ついていくのをやめたりしないからさ。 私だって、この国をなんとかしたいのは同じだよ」 「……わかった」  そんなやりとりがあったので、ついティアのことばかり考えてしまい呆けていたのだった。戦闘を終えたことを伝えに来たらしいライレンは、オレの前にしゃがみこんで顔を覗き込んできた。 「具合でもわりぃか?」 「いいや、大丈夫だ」  慌てて立ち上がり、辺りの様子を見渡した。  燃え盛る焚火の周りには十数体にも及ぶ腐敗した死体が転がされており、団長やルチア、そしてティアがそれらをズルズルと引きずって森の中へと放っていた。 「……」  ティアの表情にはいつものようになんの躊躇いも見られないが、本当は彼女だってこの状況の異常性をわかっているはずだ。  このゾンビ共を生み出した生物兵器「SS」、本当に例の宗教団体が生み出したものなのだとして、彼らはこの国のこの惨状をわかっているのだろうか。わかっているのだとしたら、この惨状に対し人として何とも思わないのだろうか。
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