我らが国を憂い

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我らが国を憂い

 20XX年1月XX日。  セイルを出てから七日目になる今日、オレ達の一団はついにコード山脈の山頂を越えようとしていた。この先はいよいよ、隣国グレアランドの領地だ。ティアには今晩にも返事をしようか、そんなことを考えながら、相変わらず険しい山道を歩いていた時だった。  六人という少人数で国境越えを試みたのが幸いして、山脈付近を見張っていると思われるグレアランド軍には見つからずに済んだようだった。時折それらしき人影は見かけたが、木々に紛れやり過ごすことは難しくなかった。山頂に近づくにつれゾンビの数も減り、ここ数日の緊迫した空気感から多少解放されたことに疲れも相まって気を緩めてしまっていたのだろう。オレ達はある一人を除いて、背後から近づいてくるその影に全く気が付かなかった。 "ドンッ"  オレはルチアにものすごい勢いで突き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。何事かと振り返れば、そこに広がる視界は鮮血によって赤々と染まっていた。 「えっ」  言葉が出なかった。オレがつい先ほどまでいた場所にはルチアが立っており、その胸は何者かの腕によって貫かれ、真っ赤な血液がドクドクと地面へ滴り落ちていた。 「ル……」  ルチアの前に立っている"人間のようなもの"が腕を引き抜くと、ルチアはその場に力なく崩れ落ちた。 「ルチア!!」  無我夢中で兄の元へ駆け寄った。視界の隅で、ライレンと団長がルチアを襲った者のところへと真っ先に武器を抜いて走っていくのが見えた。  そいつは白髪で端正な顔立ち、一見オレ達と同い年くらいの青年に見えるが、その姿は肌の腐敗したゾンビ達とも人間とも異なっていて、ボロボロの衣服から露出している四肢や顔がまるで水晶のように半透明に透けていた。  あいつは一体何なのだろう。あんな人間、見たことが無い。 「てめええええええ!!!!!!」  半狂乱になった団長は、半透明の男に向かってゼロ距離で拳銃を連射した。しかし男はその攻撃をいとも簡単に交わし、二人に向かって素手で反撃を仕掛ける。  オレは倒れたルチアを抱き起し、纏っていたローブを脱ぎ捨てて傷口にあてがった。苦しそうに肩で息をしているルチアは、虚ろな目でオレの方を見た。 「……ッ、ア」 「喋るな! 血を、血を止めないと……」  傷口をきつく抑えたが、血は止まる気配がなかった。  涙が止まらなかった。 「ざけんな、ざけんなよ……なんでオレを庇って」 「あたり、前だろ……兄弟なんだ、せっかく再会できた……」  兄はオレに向かって辛そうな笑顔を向けると、 「後は頼む、アベル____」  そのまま力なく瞼を閉じた。 「嘘だろ、そんな」  ルチアの身体に顔をうずめて嗚咽を漏らした。ようやく再会と和解を果たしたというのに、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。信じられなかった。 「ティア!!!!!」  ライレンが周囲に響き渡らんばかりの大声で叫んだ。驚いて顔を上げると、ティアは戦いへ助太刀に入ろうと銃を構えていたところだった。 「な、なんだ」 「アル達連れて逃げろ!!!!!」 「えっ、なんで」 「いいからはやくしやがれェ!!!!!!!!」  彼が見たことのない険しい顔をしてティアを睨みつけたのがこちらからもよく見えた。彼がそう叫んだ理由は明白だった。  あの半透明の男、ライレンと団長の二人をもってしても手に負えないのだ。  素手にもかかわらず尋常でないスピードで繰り返される凶悪な刺突攻撃、そしてライレンの斬撃や団長の弾丸がおいつけない回避速度。明らかに人間やゾンビの域を超えた何かと、彼らは戦っていた。 「……わかったよ!!絶対追いついてきてよ!!」 「早く行け!!!」  ティアは銃を腰へ納めると、オレの腕を掴んでルチアから引きはがした。 「嘘だろ、本当に置いていくのか」 「あいつがそういったじゃないか」 「嫌だ!! そんな見捨てるような真似が……」 「いいから!!!!」  ティアが怒鳴りつけてきた直後、オレの身体は空中へひょいと抱き上げられた。シオンだった。 「行こう」 「ああ」 「ふざけんな!!!下ろせよ!!!」  抵抗も虚しく、ティアとシオンは頷き合うと、山頂へ向かって走り出した。  涙で視界が滲む。シオンの肩越しに見える三人の繰り広げる殺し合いと、その傍に転がされた兄の死体がどんどん遠くなっていく。  ライレンの左足から鮮血が噴き出すのが見えたのを最後に、彼らの姿は生い茂る樹木によって見えなくなってしまった。    
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