天に連なりし雷が如く

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天に連なりし雷が如く

 雪が降っていた。  20XX年1月XX日。 オレ達三人はコード山脈を越え、グレアランドとの国境である巨大な堀とそこにかかるレンガ造りの端、その先に見える鋼鉄の門を見渡せる、山のふもと近くまでやってきていた。セイルの町を出て、八日目の昼のことだった。 「……さて、こいつの出番かね」  ティアが樹木の影から橋の様子を窺いながら、懐から黒い手帳サイズの四角いものを取り出した。セイルを出発する日、団長がオレ達一人一人に渡してくれたグレアランドへの入国許可書の偽造品だ。  オレ達アイスティールの国民が他国の正式な許可書を入手できるケースはごくわずかで、それこそ貿易商かごく優れた芸術家くらいにしか認められないらしい。この国に蔓延るウイルスの実態が掴めていない以上、他国からすればオレ達もゾンビウイルスを運んでくる可能性のある危険な生物だという認識なのだろう。 「……」 「おい、本当に大丈夫なのか」  フラリ。視界がぐらついて体勢を崩したのを、後ろからシオンが手を差し伸べて支えてくれた。昨日からずっとこんな調子だった。当然あんなことがあった後で眠れるはずもなく、食事もろくに喉を取らず、ティアに無理やり口へねじ込まれたパンは全て夜中に吐いてしまった。 「大丈夫だ」  ライレンが行け、と言ったのだ。こんなところで情けなく倒れるわけにはいかない。  ライレンが人並みではない力の持ち主であることはこれまでの旅路で何度となく証明されている。血勇団の団長をしているチーノも、知り合って日は浅いが相当に腕の立つ人物だということはゾンビとの戦いぶりをみるに明らかだ。あの二人なら大丈夫。そう自分に言い聞かせるほかなかった。  それに、あの場に残してきたルチアのことも気がかりでならなかった。たった一人の兄だというのに、弔ってやることも叶わなかった。せめて彼がゾンビと化してしまう前にワクチンを入手してこの山へ戻ってきたいところだが、果たしてグレアランドを抜けるのに何日かかるかわからない。確か隣国は、オレ達の国よりもかなり広大な国土を所有していたはずだ。 「少し休む?」 「馬鹿言うな、一刻も早く行くぞ」  心配そうな顔をするティアの問いに首を振り、木々に囲まれた橋への下り坂へと一歩踏み出した、その時だった。 「……ああ、最悪」  ティアがオレの背後の何かを睨んでいるのに気が付いて振り返る。見れば気づかないうちに、四方を十数体のゾンビに囲まれていた。 「シオン」  ティアはナイフを二本取り出してシオンに手渡すと、自身は剣を抜いて構えた。 「何だ、コレ」 「流石に一人じゃこの数は自信ないや、なんとかそれで助けて」 「えっ」  ティアは的確にゾンビの頭部へと切りかかりながら、敵を惹きつけるようにオレ達の前へと躍り出た。 「はぁ、仕方ないな」  シオンはため息をつきながらティアに続いた。信じられない、彼はティアやライレンと違って、ゾンビと戦ったことなどまるでないはずなのだ。 「オレにも……」  オレにも一本寄越せ。守られてばかりでたまるか。  シオンを引き留めてそう言おうとしたが、また視界がグラリと歪んだ。耐えられずにその場にしゃがみこむと、喉の奥から何か苦いものが逆流してくる感覚に襲われる。 「くそ……」  なんとか口に手をあてがいながら顔を上げると、ティアとシオンは苦戦しつつも既にゾンビ数体を打倒しているようだった。しかしやはり戦いに慣れていないシオンは、途中で攻撃を弾かれてナイフを手放してしまい、ゾンビの爪で 思い切り肩を切りつけられその場に肘をついてしまった。 「シオン!」  それを見てシオンとゾンビの間に割り込むようにティアが助太刀に入るが、よく見れば彼女も既に腕や足に傷を負っている。さらにゾンビの数は減るどころか、次々に森の中からこちらへと集まってきていた。 「クソッ」  なんとか立ち上がりながら彼らの元へと一歩踏み出そうとしたとき、ティアとシオンが応戦している背後の影の上から、何か大きなものがドンと音を立てて振ってきた。 「えっ……」  それは落下によって起こった砂埃の中で立ち上がると、小太刀を掲げ周囲にいたゾンビ数体を一瞬で蹴散らしてしまった。その姿は舞う蝶か、否、天を割きし稲妻が如く。目にもとまらぬ速さの動きによって彼の周囲の埃は晴れ、羽根飾りをつけたその男の顔がはっきりと見えた。 「ライレン!」  ボロボロのローブを纏い、額には痛々しい赤黒い血液の後が残る彼は、名前を呼ぶとどこか安心したように微笑んだ。
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