終わった世界

1/1
前へ
/38ページ
次へ

終わった世界

 ライレンと団長が応戦したあの謎の男だが、結局彼らと数時間死闘を繰り広げた末、何故か急に二人に対する戦意が削がれたかのようにどこかへフラフラと歩いて行ってしまったらしい。  その後も道中襲い来るゾンビと戦ったり道に迷ったりとグズグズしているうちに、オレ達に追いつくのに丸一日近くかかってしまったようだ。  合流したライレンのおかげで襲い来るゾンビを退けられたオレ達五人は、血勇団に用意して貰った偽造許可書を使用しなんなく隣国へ侵入することが出来た。  コード山脈での厳しい登山を思えば、グレアランド横断は至って平穏な旅路であった。オレ達の国よりずっと豊かで発展しているこの国は、道もほとんど整備されていて歩き易く当然ながらゾンビもいない。加えてこの国には世界でも珍しい鉄道という乗り物が国を横断する形で敷かれていて、オレ達は全て徒歩であったなら一か月以上は悠にかかったであろう横断を約二週間程度の旅で成し遂げることが出来た。  とはいえ順風満帆な旅路とは言い難いものではあった。なにせこの国に住む住民たちより明らかに身なりが悪かったオレ達は、最初の数日間で幾度となくグレアランドの警察組織や軍隊に所属する人物に呼び止められては逃げるということを繰りかえしていた。オレ達を怪しんだ警官が宿の中にまで乗り込んできたこともあり、とにかく肩身が狭い生活を強いられたことに変わりはない。グレアランド侵入より四日ほど過ぎた頃、ようやく外貨と両替をしてくれる商人を見つけることができたので新たな服や靴を購入して身なりを整えることが出来た。  それからもライレンが腰に刀を提げているのが原因で何度か警察官に目をつけられることはあったが、めっきり追いかけまわされる数は減りかなり動きやすくはなった。  20XX年2月XX日。そんなこんなでオレ達は、グレアランドの反対側の国境、目的であるアイル教団が根城としているハルニシアへの関所付近までたどり着くことができた。みたところこちらの国境にはオレ達の国・アイスティールとの国境のような大きな堀はなくほんの五メートルほどの壁が設けられているだけで、関所も随分大きいように見えた。 「さあ、やっとハルニシアだ」  うんと背伸びをしながら眠そうに言うライレンの声に頷きながら、オレ達は関所へと続く石畳の長い通路を歩き始めた。  こちらの関所も簡単にクリアできた。本物を見たことが無いのでなんとも言えないが、血勇団の作成した許可書はよほど精密なのだろう。悪用されるのを避けるために普段はどうしても必要な団員にしか発行してやらないのだと団長は言っていたが、もしこの技術を血勇団以外が保持していたなら今頃地下市場で一強の商品になっていたこと間違いなしだ。  関所を越えたオレ達の視界に広がったのは、ハルニシア東部の大部分を占めると言われている有名な大森林だった。 「これが噂に聞くハープ森林地帯か……」 「ハープ?」  ライレンには聞き馴染みのない地名らしく首を傾げている。無理もないだろう、許可書のことがあってほとんどが国外に出たことのないオレ達の国では、隣国であればともかく隣接しているわけでもないハルニシアの事情など知っている者はほとんどいない。オレは商人仲間に貿易をしている者がいるので聞きかじった程度の知識はあるが、それこそ商いや学術に所以のない狂人狩りで生活をしている彼には馴染みのない情報だろう。 「広大な樹海で、毎年遭難者が絶えないと言われているんだ。グレアランドとの国交があるにも関わらずハルニシアの発展が遅れている大きな理由の一つに、国境がこの森林地帯によって塞がれるような地形に位置しているからだと言われている。人や物品の行き来がとにかく困難らしい」 「そりゃ、厄介だなァ」 「平坦な上にゾンビだって居ないんだ、コード山脈よりいくらかマシだろう。四の五の言っていても仕方がない、先を急ごう」 「なあ、何か聞こえなかったか?」 「え?」  ライレンの方を振り向けば、彼は目を細めてハープ森林地帯の中へ通じる小道を指さしている。よく耳をそばだててみれば、確かに森の方から子供の叫び声のようなものが微かに聞こえた。 「もしかして、迷い込んだ動物にでも襲われてるとか?」  ティアの言葉を聞いて背筋がぞっとなる。こんな深い森であれば、クマや狼が出ても全く不思議はない。 「助けに行くかァ?」 「当り前だろ!」  茶化すように聞いてくるライレンに返事をして、小道の方へ無我夢中で駆け出した。  なるほど、遭難者が絶えないというのも頷ける。森の中は高く生い茂る樹木により日光は微かにしか漏れてこず、まるで夕暮れ時かのように薄暗い。そのせいで幾分か寒さも増しており、走りながら漏れる息は真っ白だ。 「あそこだ」  隣を走っていたライレンが立ち止まり、小道右側を指さした。見れば木々の合間を縫うように十歳くらいの少年と少女が泣きながら逃げ惑っており、その後を妙な影がフラフラと付きまとっている。  その姿を見て、オレは目を見開いた。  クマでもない、狼でもない。子供たちを追い回していたのは、オレ達が散々アイスティールで苦しめられてきたゾンビだったのだ。 「なんで、この国に……?」  アイスティール国外でゾンビが発見された話なんて今まで一切聞いたことが無い。何故この国にまで生ける屍が居るのか、オレにはまったく理解が出来なかった。  
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加