最後の夜に

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最後の夜に

 20XX年2月XX日。  子供たちの祖母が住む集落にて、オレ達はアイル教団やハルニシアについての情報を僅かながら得ることが出来た。  アイル教団が本拠地としているらしき建物はどうやらハープ森林地帯内に存在する渓谷にあるようだ。子供を送り届けたオレ達は、情報収集を終えるとすぐに集落を出てハープ森林地帯へと戻って来た。  夜も更け、暗闇に包まれた森林の中で薪を囲みながら、オレ達五人は眠れぬ夜をやり過ごそうとしていた。この森林には敵が多すぎるのだ。噂通り危険な獣はよく出るし、昼間見かけたようなゾンビもオレ達の国で見るより数は少ないがひっきりなしに火の元へ寄ってくる。とてもじゃないが眠れるような状況にはなかった。 「アイル教団じゃが、国家と繋がりがあるにも関わらずさほど大きな組織ではないようじゃ。星の数ほどある宗教組織の一部に過ぎず、ハルニシアでも特に広範囲に浸透している宗教ではないらしい。どちらかといえば過激思想で有名らしくての、住民の間でも最近うろつきだしたゾンビは奴らのせいではないかと噂になっているそうじゃ」  メモを見ながら説明する団長は、いつになく険しい顔をしていた。  オレ達の国・アイスティールの住民は無神論者が大半を占めており、宗教の存在そのものを快く思っていない人が多い。あれだけ荒廃した国で暮らしていればむしろ神に縋りたくもなりそうなものだが、要するに「神や仏がいるなら自分達がこんなにも苦しい状況になるはずがない」という考え方が主流なのだ。かくいうオレも、これはおおむね共感している。興味本位で神話に関する書籍に手を出すこともあるが、どちらかといえば絵空事として楽しんでいるような感覚なのだ。 「狂人を作りだす宗教って、そもそも彼らは何を信仰してんだろうねェ」 「あの集落の人々は信者ではないので詳しい教義は知らないと言っていたが、転生や来世を信じている組織のようじゃ」  欠伸をしながら空を仰ぐティアの質問に団長が答えた。シオンは特に興味が無さそうに薪に枝をくべながら話を聞いているが、ライレンはいつになく真剣な表情だ。彼が神を信じているタチだとはとても思えないが、案外こういう話には興味があるのだろうか。    そういえば前に読んだ何かの本に、転生だの前世だの書いてある神話関係の話が載っていたような気がする。神を信じないオレにはおとぎ話にしか思えなかったが、今からオレ達が相手にしようとしている連中はそれを本気で信じている人々というわけだ。 「来世を信じてるのにゾンビを作るというのは妙な話だな」  不死を信仰していると言うならまだ理解できるが、生まれ変わりを信じている宗教ならむしろ生死に関する執着が無さそうなものだ。 「そのあたりは流石に住民たちも知らぬようじゃった、まあ国内でもあまりよく思われていない様子じゃな」  敵対する相手が少ないことに越したことはない。とはいえアイル教団がグレアランドと手を結んでいる以上、上手くやらなければオレ達は大国の国家権力に消されることになりかねないだろう。やはり争いはできるだけ避けて、隠密にワクチンを盗み出したいものだ。  さあ、いよいよ目的地が近づいてきた。連中から必ずワクチンを手に入れて、あの荒廃した国に平穏を取り戻さなくてはならない。  オレは自分の選んだ方法で未来を切り開きたくて、父の元を去ったのだ。親から貰ったアベルの名を名乗らなくなったのも、それが理由だった。ルチアが思い出させてくれたことだ、彼の死を無駄にするわけにはいかない。  空がぼんやりと明るくなり始めた。近くの草むらがまたガサガサと揺れ動くのが聞こえる。どうやら今夜は、一睡もできずに終わりそうだ。  
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