獣と人

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獣と人

 20XX年2月XX日。 ハープ森林地帯奥地、深い渓谷沿いにひっそりと木々に紛れるようにして、その研究所は建っていた。  ここがオレ達の旅の目的地であるアイル教団が保有する研究所である。地図や聞き込みの情報などからある程度の場所の目星はついていたものの、やはりこの大森林の中で特定の場所を探し出すのはなかなか骨の折れる作業だった。  木々に紛れて暫く様子を窺ってみたが、縦に長い直方体の真っ白な建物には出入り口らしきガラス扉のほかに一切窓の類は無く、中の様子は窺い知れない上に一向に人が出入りする気配がない。  忍び込もうにも正面意外に出入り口が無いのではどうしようもない。オレ達に残された手段は、力任せの強硬策ただ一つだった。 「邪魔するぜ」 「おい」  先陣切ってガラス扉の前に立ち、ライレンはなんの躊躇いもなく中へとズカズカ歩いていく。慌ててその後を追うが、受付と思しき玄関ホールには豪奢なシャンデリアや革張りのソファ、カウンターが置かれているものの人の影は無い。 「誰もいねェのか?」 「なんだか、妙だな……」  ティアが不安げに周囲を見回しながらそういった直後、ホールの奥へ伸びているやけに薄暗い通路から、何かが目にもとまらぬ速さでオレ達の前に走り込んできた。 "ウォォォオオオォォォオォォンッ"  そこにいたのは、三体の狼のように見える妙な動物だった。狼にしては随分大きい。全長が三メートルはありそうなそいつらは、凶悪な黒い牙を剥きだしてこちらを威圧するように唸り声を上げている。何よりそいつらが獣として妙な点は、身体が毛皮に覆われていないところだ。全身がブヨブヨとした半透明の皮膚でおおわれており、その中の体組織もまるで水風船かのように透けているのだ。  頭の中に、ルチアを殺したあのハープ山脈の男の姿が過った。 「あぶねぇ!」  ライレンの怒鳴り声にハっとなると、オレに向かって飛びかかってきていたらしい一体の攻撃をライレンが目の前で刀を使って受け流しているところだった。 「わ、悪い」 「こいつら、オレの腕を食いちぎったのと同じ動物だ」 「なんだって!」  ライレンとの再会を果たしたあの日。片腕を失くし瀕死で拠点の中に運ばれてきたライレンの姿を思い出し、思わず身が震える。彼ほどの人物が通用しない凶悪な獣が、何故こんな場所で飼いならされているのだろう。 「隙を見て逃げるのが得策じゃろうな」 「ふざけるな、オレが引きつけててやるからお前らは先に行け」 「腕を食われたと言っただろ、一人で敵うわけがあるまい」  団長とライレンが睨み合っている間にも、獣はオレ達の方へとジリジリ距離を詰めてくる。どうにかこの場を切り抜ける術は無いものか。周囲を必死で見回して見れば、天井からつりさげられキラキラと灯りを放つシャンデリアが視界に飛び込んできた。 「ティア、アレを落とせるか?」 「アレ? ……ああ、なるほど」  シャンデリアを指さしてティアに訪ねると、彼女はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべて頷き、右手にナイフを構えた。 「行くぞ!!」  ビュン。ティアが放ったナイフはシャンデリアと天井を繋ぐワイヤーを切り裂き、支えを失ったシャンデリアはグラリとバランスを崩して獣たちの上に落下した。 "ガシャァァァァンッ" 「いまだ!」  獣たちが怯んだ隙を狙い、オレ達は奥の通路へ向かって走り出した。ライレンは不服そうな顔をしたが、彼の袖を思い切り引いてやると渋々と言った様子でこちらへついてきた。  背後から獣たちの唸り声が聞こえる。やはりこの施設、一筋縄ではいかないらしい。
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