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アルの意志
「ガハッ、アッ、はぁっ、はぁっ……」
ドン。バキバキッ。ザクッ。
息苦しい。酷い頭痛がする。誰かの苦しそうな息遣いと、何かが殴られているような痛々しい音。
ゆっくりと目を開けると、目の前には悲惨な光景が広がっていた。
「なんだ、これ……」
オレは白服のうちの一人に首を腕で締めあげられ、頭には拳銃を突きつけられているらしかった。足元には頭や身体から流血し倒れているシオンと団長、そしてその向こうでは、白服五人に丸腰でされるがまま殴りつけられているライレンとティアの二人が、その場に膝をついて肩で息をしていた。白服のうち一人は加勢するでもなくその様子を一歩引いたところでただただ眺めている。
ライレンの小太刀もティアの剣やナイフも、何故か白服がそれぞれ手にしておりそれで彼らを斬り付けていた。おそらくオレに突きつけられている拳銃も、ライレンがいつも懐に忍ばせているものなのだろう。
そこまで気づいてハッとなった。オレが人質にとられているせいで、彼らは反撃が出来ずにいるのだ。これまでいとも簡単に大勢のゾンビを退けてきた彼らが、ただの人間に武器を奪われるはずがない。
「ライッ……」
「動くな」
男とも女とも取れない低くて腹の底に響くような声に牽制され、ライレンに声をかけることすら叶わない。
「さあ、茶番は終わりにしましょう。アイル教団へ仇なした貴方たちへの、せめてもの慈悲です」
リンチに唯一参加していなかった白服は冷たく言い放つと、別の白服からライレンの小太刀を受け取って息も絶え絶えの二人に近づいていき、ライレンの目の前に立つと両手を大きく振り上げた。
この期に及んでもあのライレンがまだ反撃をしないことが苦しかった。全部オレのせいだ、オレがこんな場所まで連れてきたのに、最後の最後まで彼らの足を引っ張ってしまう。
兄の顔が脳裏に過った。そうだ、オレはあの時意志を固めたじゃないか。どんな手段を使ってでも目的を達成する。ワクチンを持ち帰り、国を救うためならどんな犠牲も恐れてはならない。
腹いっぱいに息を吸い込んで、オレは自分の首を絞めつける白服の腕に思いきり噛み付いた。驚いたらしい白服は「ヒッ」と悲鳴を上げ体勢を崩しながら、オレのこめかみに向けて拳銃のトリガーを引いた。
ガチャリ。
鋭い痛みが全身を痙攣させた。身体が地面に叩きつけられるのを感じる。
成果を持ち帰るのは、別にオレでなくても構わないのだ。
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