狂人記

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狂人記

 パァン。 パリン。  無機質に鳴り響いた銃声と何かが割れた音に驚いて振り返れば、そこには白服の前に流血し力なく倒れているアルの姿があった。 「嘘だろ」  構わず襲い掛かってくる白服を難なく蹴り飛ばし、突き動かされるまま彼の元へと駆け寄る。アルを捕まえていた白服が錯乱した様子で拳銃を向けてきたが、顔に一発鋭い蹴りを入れると部屋の隅まで吹き飛んでいき動かなくなった。  こめかみから血を流しうつ伏せに倒れているアルは、かろうじてまだ息をしているようだったが明らかに意識は無い。白服が発砲時によろけたおかげで弾は彼を射貫くことはできずかすめるだけに留まったようだ。彼の後ろに並んでいるカプセルのうち一つに穴が開き、培養液がピチャピチャと漏れ出しているのがその証拠である。 「アル!!」  ティアがオレの後に続いてアルの傍へ駆け寄ってくる。彼女の手には奪われた筈の剣がしっかりと握られており、切っ先からは血液がしたたり落ちていた。見れば残り五人の白服たちは、彼女の背後で既に床に転がされている。 「まだ生きてる、気絶しただけだ」 「良かった……」  ティアは手早く自分の服を割いてアルの傷口に布をあてがった。いつだったか、ティアがテッドの街でリンに撃たれた時のことを思い出した。 "パキパキパキ、ピチャ、ピチャ……"  割れたカプセルの方から、足音が聞こえた。  白服が落とした拳銃を拾い、アルとティアを背にして即座に構える。銃弾によって穴の開いたカプセルのガラスが内側から割られ、中にいた死体が噴き出す培養液を浴びながらぬるりぬるりと這い出してきているのだった。  何故今まで気が付かなかったのだろう。カプセルの中にいたその男は、コード山脈でルチアの命を奪ったあの半透明な身体の男だった。  ゆらり。ぴちゃり。ぴちゃり。  髪から水を滴らせながらこちらへ不安定な足取りで歩いてくる男は、しかしその眼光に明確な殺意をたたえていた。 「ライ」 「アルと他二人をちゃんと守ってろや、オレが一人で殺る」  珍しく不安そうなティアに声をかけながら、チラリと横目でアルの顔を見やる。  最初はほんの気まぐれでこいつの旅に付き合っていたが、まさかここまで大事になるとは思ってもいなかった。  アルは出会ったときからつくづく考えが甘い男だった。生まれもろくに知らないがどうせ温室育ちの坊ちゃんなんだろう、既に命の無い狂人の爪を剥ぐのにもいちいち不快感を示し、目の前で人を斬ると逆上する。その上商売以外はろくに何もできないくせして、真偽の分からない他国の兵士の日記一つを頼りにこんなわけのわからない場所まで来てしまう行動力を持ち合わせている。厄介でしかない、何故今まで一人で生きてこられたのか甚だ疑問だ。  でも、それでもオレはこいつに付いてきた。セナに似たことをよく言う変わったやつだから、一緒に旅をして知らない土地を見るのが楽しかったから。いや何より一番は、こいつの甘い考えが好きだったから。オレはオレの考えをかえるつもりはない、これから先もオレや仲間に危険を及ぼそうとするやつは生きている人間であれ狂人であれ切り伏せるつもりだ。けれど、きっとこいつがワクチンを持ち帰り狂人がいなくなった祖国アイスティールの未来には、こいつみたいな甘くてまともな倫理観を持った男が必要なのかもしれないと思うのだ。 「来いよ、敵討ちさせてもらうぜ」  隻腕で構えた銃を男の脳天へと構え、一気にそのトリガーを引いた。    
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