遥か過去より

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遥か過去より

 最初に撃った銃弾は確かにカプセルから這い出してきた男の肩を貫いたが、傷口から漏れ出す体液をもろともしない彼は機敏に動いて手刀や蹴りで攻撃を繰り出してくる。なんとか応戦しダメージを追わずに済んではいるものの、防戦一方で手も足も出なかった。正直、ここまで戦闘で苦労するのはかなり久しぶりだ。 「埒が明かねえ」  額の汗を拭いながら後方へ飛びのいて男から距離を取る。何かが靴のかかとに当てコンと音を立てた。床に転がっていたのは、先ほど白服に奪われたオレの小太刀だった。  追いかけてきた男の蹴りを避けてその場にしゃがみこみ、拳銃と小太刀を持ち替えてそのまま床から天へと縦に斬り上げる。キックを外し体勢を崩したその身体を刀は僅かにかすめたが、男がとっさの判断で後ろへ仰け反って距離をとったことによりまたも空振りに終わった。 「はぁ」  息を大きく吸いなおしながら再び男に向かって小太刀を突きの型へ構えると、男の胸をめがけて全力で足を踏み込んだ。 「うおおおおおおお!!!!!」  だがその攻撃もまた難なく回避され、男の手刀による攻撃が絶え間なく繰り出される。肩に一撃。重い打撃を食らった拍子に後ろへよろけ、足元に置いた自らの拳銃を遠くへ蹴り飛ばしてしまった。 「クソ」  それに構う間もなく間を詰めてくる男の猛攻を息も絶え絶えになりながら必死でいなす。目では到底追えない速度の攻撃に、なんとか手癖だけで対応しているような状態だった。 「がはっ、はあっ」  無茶な速度に追いつこうと限界を超えた速さで動かしていた腕も次第に重たく、動きもぐっと鈍くなっていき、時折防御が追いつかずに男の蹴りや打突を身体に受けるようになった。噴き出す血を拭う間も無く辺りにまき散らしながらそれでも片腕でなんとか小太刀を動かすが、いよいよ限界が近づいていた。  男がそんなオレの大きな隙を見つけて、ここぞとばかりに猛烈な速度の手刀を繰り出してきた。ルチアの身体を貫いた時と同じ攻撃だった。もうダメか、最期を悟り目を閉じた瞬間、周囲に一発の銃声が響き渡った。 "パァンッ……"    ドサリ。カランカラン。目を開ければ、左こめかみからドクドクと体液を零しながらその場に倒れている半透明の男の身体が足元に転がっていた。  発砲された先を辿れば、ティアに身体を支えられてなんとか立っているアルが両手でオレの拳銃を構えており、その銃口から微かな煙が上がっていたのだった。 「アル」  彼は目に涙をいっぱい溜めて、身体を震わせながらそこに立っていた。 「……」  アルはうつろな目でこちらに向かって何か言おうと口を開いたようだったが、言葉を発する間もなく再び意識を失ってその場に崩れ落ちかけ、慌ててティアがその身体を支えた。 「自分に撃たせろって……」  アルがいつから意識を取り戻していたのか知らないが、目の前に偶然オレの拳銃が飛んできたせいで変な気を起こしたに違いない。命を取るのを嫌うあいつが、仲間の仇に自分の意志でトドメを刺した。その事実が何故かどうしても息苦しくて、唇を噛みながらその場にしゃがみこんだ。  半透明の男は上半身には何も纏っていなかったが、下半身にはボロボロに擦り切れたズボンを履いていた。彼が倒れた時何かが転がったような音がしたのが気になって見てみると、ズボンのポケットから小さなカギが一つ転がり出ていた。 「なんだ、これ」  刀を腰に納めながら、男の体液に塗れたカギを摘み上げる。キョロキョロと周囲を見てみれば、男の入っていたカプセルの脇に小さな黒い金庫が置かれているのが目に入った。  アルをその場に寝かせて他の倒れている二人を揺り起こしに向かうティアを横目で見つつ、オレは鉛のように重い身体を引きずって金庫の前へと歩く。途中で汗を拭おうと額に手を当てると、手の甲がベトリと赤黒く染まった。 "ガチャリ"  カギで金庫を難なく開錠すると、中から出てきたのは大量の紙束と手のひらサイズで水色の液体が入った手のひらサイズの十数本の小瓶だった。 「第零検体報告書……」  何十枚にも及ぶ紙束の表紙を読み上げながら最初のページを捲る。中は日記のように逐一日付が記されており、最初の記述は半世紀以上前のものだった。  
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