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【後日譚】終わった世界の二人旅
2071年3月5日。
一週間ほど滞在したセイルの街を出たオレ達"二人"は、国土最南端の港町キルヒを目指して旅を続けていた。というのもセイル滞在中にティアが一旦自分の所属する狂人狩りのアジトへ戻り今までの戦果を換金してきたいとのことで、オレとライレンとは暫く別で行動を取ることになったのだ。かくいうオレ達がキルヒへ向かうのも同じ目的である。今の今まで尋ねたことさえなかったが、ライレンはキルヒ所属の狂人狩りだったらしい。所属している拠点以外でも一応換金は行なってくれるそうなのだが、所属外だとレートが随分異なってくるらしく出来るだけ避けたいとのことだった。こんな国ではあるが、生きていく為に金はどうしても必要なのだから仕方ない。
そんなわけでしばらくぶりの二人旅をすることになったのだが、近頃ライレンの様子が目に見えておかしい。
「アル、少し休むか?」
「え、なんでだ」
「顔色が悪ぃぞ」
「いや気のせいだろ」
キルヒへ向かう道中、耕す者がいなくなり荒れ放題になった水田地帯の中を二人並んで歩いていた。突如立ち止まったライレンは何を言い出すかと思えば、やけに不安げな顔をしてこちらを覗き込んでくる。ここ数日、彼はずっとこんな調子で過剰なまでにオレを気遣うそぶりをみせた。親切にされて悪い気はしないものの、正直彼の柄ではないので不気味である。
「お前何なんだ、何か企んでるのか? 欲しいものがあるなら、散々付きあわせた礼に多少のものなら買うが……」
「違う違う、何も企んでなんかねェよ」
気のせいならいいんだ、と首を横に振りながら歩きだすライレン。不審に思いながら置いていかれないように小走りについて行こうとしたところで、またもライレンは立ち止まる。
「だから何なんだ」
「……アル、やっぱり少し休もう」
「え?」
オレが聞き返した直後、ライレンはプツンと糸が切れるようにその場に崩れ落ちた。
「ちょっと、おい!」
慌てて彼に駆け寄って抱き起こすと、ライレンは苦しそうに肩で息をしてこちらを虚な目で見上げた。
「お前、具合悪いなら言えよ!」
「かっこわりぃじゃん」
「どこで意地張ってるんだ!さてはバカか!?」
顔色一つ変えないので彼の体調が悪いことになどまるで気がつかなかった。やけにオレを気遣うそぶりを見せていたのは、暗に休憩を欲しがっていただけだったのだろう。彼の額に手を当てると、自分の体温と比べるまでもなく発熱していることが分かった。
周囲は見渡す限り水田が広がっているだけで、当然療養できるような病院や宿屋は無い。そう遠くない場所に小さな村があった気がするが、ここからその村に向かうには水田地帯の脇に広がる林を越える必要がある。当然そこには狂人や獣が潜んでいる可能性があるわけで、病人を連れて歩くにはあまりにリスクが高い。ここは一旦来た道を引き返し、昨夜宿泊した宿屋に戻るのが確実だろう。
「仕方ないな……」
いつも背中に背負っている荷物を前に回し、力を入れる為にフッと息を吸ってからライレンを背負い持ち上げる。
「重たいな」
自分よりかなり大柄な上にそこそこ筋肉質な彼を背負うのは正直骨が折れた。だが曲がりなりにも旅商人をしているおかげで、大荷物を抱えて歩くことには慣れている。数時間の平坦な道のりを戻るくらいはなんとかなりそうだ。
「おい、歩くから下せ」
「うるさいな、病人は黙って甘えてろ」
冷たく言い放つと、ライレンは納得したのか体を預けて沈黙した。倒れるまでライレンに我慢をさせてしまったことが悔しかった。ハルニシアまでの旅で散々頼りきりだったのだから、こういう時くらいオレにも頼って欲しかった。
今朝出発した宿に到着する頃にはすっかり日は傾き夕暮れ時となっていた。宿の従業員に事情を話して急ぎで部屋を取ってもらい、ようやくライレンをベットに寝かせてやることができた。道中少し眠ることができたらしく彼の熱は多少下がっていたようだが、大事をとって宿の厨房を借りて薬草入りの粥を作り食べさせることにした。セイルの街で分けてもらった薬草と米が僅かながら残っていたのは不幸中の幸いだった。
「はい、口開けろ」
「それくらい自分でできる」
ベットの脇に椅子を持ってきて腰掛け、作りたての粥をスプーンですくい彼の口元まで運ぼうとする。するとライレンはガッと勢いよくオレの手を掴み、不満そうな顔をしてスプーンを奪い取った。
「そうか?」
「赤ん坊じゃねェんだよ」
自らの手でスプーンを口に入れ、ライレンはもぐもぐと粥を味わい飲み込んだ。隻腕の彼が食べやすいように粥の器をベットランプの設置されている台の上に置いてやり、おとなしく彼の食事を見守ることにした。
「……アル、なんか食わねえのか」
「オレは後でいい」
「見られすぎて食いづれぇんだが」
「え、悪い」
慌てて違う場所に視線を逸らそうとすると、ライレンは珍しくぷっと吹き出して笑った。
「何笑ってんだ」
「いや、なんでも」
はぐらかされたのが気になるが、確かに見られていては食べにくいという彼の主張は最もだ。自分も何か食べようと考えて立ち上がり荷物を漁ると、先日立ち寄った村のパン屋で購入したメロンパンが目に入る。特に好物というわけではないのだが、ライレンと初めて出会った日のことを思い出し懐かしくなって手に取ったものだった。パンを持ってベットの脇に戻ると、ライレンは既に粥を半分ほどたいらげてしまっていた。
「食う?」
メロンパンを一欠片ちぎり、ライレンに差し出す。彼は一瞬不思議そうな顔をしたが、あの日のことを思い出したのかフンと鼻を鳴らすと、スプーンを器の中に置いてパンを受け取った。
「これでまた暫く用心棒してやらなきゃなァ」
「そうだな、食った分働いてくれ」
「冗談だって、今更だよな」
「ああ、今更だな」
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