第一話

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「ジャン!不機嫌そうな顔してどうしたの?せっかくのハンサムが台無しよ。嫌なことがあったなら今晩どう?久しぶりに遊んでかない?」  と、怒りのまま脇目も振らず歩いていたジャンに、街頭で客引きしていたエマが、突然声をかけてくる。劇作家になってからは、高級娼館よりも、演劇仲間と気軽に飲んで楽しめるパブに足繁く通うようになっていたジャンは、深い栗色の髪と、同色のくっきりとしたアーモンドアイを持つ、美しい騎士然とした眉目麗しさにそぐわぬ気さくな態度と金払いの良さで、この界隈ではすっかり馴染みの人気者になっていた。 「やあエマ、相変わらず綺麗だね。せっかくだから遊んで行きたいのも山々なんだけど、実は今とっても忙しいんだ。俺の舞台のヒロインをやってくれるはずだった子が役を降りてしまって、代わりに演じてくれる絶世の美少年を探してるんだが、誰か心当たりはないかい?」  ジャンは苛立っていた気持ちをすぐ切り替え笑顔を浮かべると、エマの肩に親しげに腕を回し尋ねる。 「あら大変、できることなら私がヒロインやってあげたいくらいだけど、女は舞台に出ちゃいけないのよね。でもなんで舞台って女は出ちゃいけないのかしら?男がやるより女が女役やる方がよっぽどいいわよね?」 「俺も本当にそう思うよ、ピューリタンの説教師やロンドン当局の人間達によると、演劇は人々を堕落させるいかがわしいもので、そこに女を上げるなんて神をも恐れぬ愚行なんだとさ。こんな美しい女性が目の前にいるのに、ヒロインを頼めないのはとても歯痒いけど、俺もロンドン塔送りにはなりたくないからね」  互いにひとしきり軽口を叩き合い、じゃあまたと手を挙げ立ち去ろうとすると、エマが興味深いことを口にした。 「そういえば、バンクサイド通りにアポロンっていうインがあるの知ってる?あそこには美少年が沢山いて、中には演劇やってる子もいるって聞いたことあるわよ」 「え?」  ジャンが足を止めると、エマはジャンの耳元に唇を寄せ声をひそめる。 「あんまり大きな声では言えないんだけどね、どうやらあのインでは、10代の少年達が男相手に売春してるらしいのよ」 「それ、本当?」  ジャンが信じられないと大げさに眉をひそめると、エマは噂よ噂と言いながらもどこか楽しげに言葉を続ける。 「しかもかなり儲かってるっていうんだから、女の私の立つ瀬がないわよね」  エマの言葉に思わず笑ってしまいながら、ジャンは、ありえないことではないなと、自分のパトロン、エドワードとの出来事を思い出していた。   エドワードは世間体のため結婚しているが、男色趣味があり、線の細い美少年よりも、背が高く逞しい彫刻のような体型の青年を好んでいる。  ジャンはその点でもエドワードのお眼鏡にかない、あらゆる意味でお互いの利害が一致して親しくなったわけだが、元々神への信仰心も薄く、男色に偏見はないものの、男を抱く趣味のないジャンが、エドワードと関係を持てるはずもなく。  だが実は一度だけ、エドワードに、君が美少年を抱いてるところを見たいと趣味の悪い提案をされ、男と寝たことはあるのだ。  エドワードには色々と支援してもらっているので無下に断ることもできず、なんていうのは建前で、高級娼婦からパブの女まで、あらゆる女を抱いてきたジャンは、エドワードのようなおじさんは無理でも、美少年ならいけるかもしれないという単純な興味本位と好奇心で、その申し出を引き受けてしまった。  結果、相手が慣れていたおかげで思ったよりスムーズにはいったものの、特に女より良くも悪くもなく、我ながらバカな事をしてしまったもんだと今は後悔している。その時、相手の素性が気になったジャンが、あんたの少年劇団の子かと聞いたら、エドワードは途端に烈火のごとく怒り激昂したのだ。 『うちをその辺の貧乏劇団と一緒にしないでくれ!こんな淫乱が我が劇団にいたらすぐに追い出してやる!』  あまりのキレっぷりに、自分の悪趣味で呼び出しといてひどい言いようだなと呆れながらも、その言葉でジャンは、食べていけない少年俳優の中には、身体を売っている者もいる事を知ったのだ。  今回はジャンが、エドワード推薦の少年をやめさせてしまった手前、彼にまた代役の少年を探してもらうのはさすがに気が引ける。  オーク座にオリヴァーという、まだ女役もできそうな若手の俳優もいるが、彼にはすでに重要な役を与えており、急遽女役をやってくれなどと言ったら絶対に嫌な顔をされるだろう。  それに、ジャンがアリアンに求めているのは、燦々と輝く太陽のように健康的な美しさではない。奔放でありながら、胸の内には一人の男への熱い情熱をひた隠す、闇に光る月のように背徳的で繊細な美しさ。  アポロンに行ってみたからといって、そんな少年がそう簡単に見つかるとは思えないが、行くだけ行ってみる価値はあるのかもしれない。 「エマ、面白い情報ありがとう!これ少ないけどお礼」 「いいの!やった!」  気前よく渡された小銭を受け取り喜ぶエマに今度こそ別れを告げ、ジャンはアポロンへ向かった。
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