プロローグ

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プロローグ

 物心ついてからの一番古い記憶は、毎週日曜日に訪れる教会で、牧師の言葉に熱心に耳を傾け祈る母の美しい横顔。  まだ幼かったロイにとって、教会の礼拝は退屈なものでしかなく、薄眼を開けて母を見やるたびに、母は優しく、しかし決して甘やかすことなくロイを窘めた。そんな母に導かれるように、ロイもごく自然と神を敬愛するようになったのだ。  だが今ロイは自身に問う。神はなぜ自分達に、これほど不条理で過酷な試練を与えるのか?ささやかな願いや幸せが、突然現れた悪魔に、為すすべもなく奪われ消えていく。地獄へと繋がる掃き溜めへ、否応なしに突き落とされる。 「おいユーリ、この子に男娼の心得ってやつを教えてやってくれないか?」 「はあ?なーにが心得だ。そんなもんあるわけねえだろ?こんなウブそうな子、今度はまたどんな手を使って引きずり込んだんだ?」 「おいおい、人聞きの悪いこと言わないでくれよ。俺はシャイロットがいいのがいるって連れてきたのを買っただけだぜ」 「ああ、あのべらぼうな金利で金貸して人身売買させる悪徳高利貸しね。あんたも災難だったけど、朝から晩まで強制労働させられる農場や、煤だらけでやる煙突掃除よりはずっとましだから安心しな」 「ユーリの言う通りだ。客の中には貴族や議員のお偉いさんも沢山いるからな、ここが摘発されることはまずない。お前はただ、裸で寝っ転がって客の言う事を聞いてればいいのさ。楽な仕事だろ?」  店の主人とユーリのやり取りを聞きながら、ロイはまだ穢れを知らない瞳に絶望の色を湛える。 (主よ、これは自分が、父を哀れみ敬わず、殴り追い返した罰なのでしょうか?)  今も鮮明に浮かぶ、怯える妹と、泣きながら父に縋り付く母の姿。昔とは別人のように、醜く堕落した父の罵声。 『お前らのように家長を平気で裏切り刃向かう淫乱共は、俺が地獄へ突き落としてやる!』  そう、父はあの呪いの言葉通り、ロイを地獄へと突き落としたのだ。
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