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「南のとこ行ってから、妙に様子オカシイし、また何かくだらねぇこと考えてんだろうなーとは思ったけど」
そう言った鷹也がこちらを見つめた。握った手をそっと離し、その手がゆっくりと清照の頬に伸びた。
「“普通”の幸せなんて、どうでもいんだよ。おまえがいる“特別な”幸せだけありゃいい──」
鷹也の低い声が耳元で響いた。
「……っ」
敵わないと思った。
昔からそうだ。一度決めたら揺るがない。鷹也が“大丈夫”だと言えば、何の根拠もなしに大丈夫だと思えてくる。
「……鷹也」
「ったく。情けねぇ面してんなよ。イケメン台無しだぜ?」
「ん」
「──否定しねぇのな」
鷹也がふっ、と吹き出して、清照もつられるように小さく息を吐いた。
鷹也の親指の腹が、そっと清照の瞼をなぞり、人差し指が目の端に滲んだ涙を掬った。
「ホントに、いいのかよ?」
最後の確認。
もう、これで最後にするから。
「しつけーな」
「ホント、マジ後悔しねぇ?」
「──わかんねーけど。もし後悔するとしたら二人で仲良くすりゃいーだろ。俺ら、ひとりじゃねーんだし」
一人じゃない。その言葉に救われた気がした。
本当の自分を自覚してから、常に何かを諦めていた。適当に距離作って友達とつきあって、本当の自分を抑え込むことに必死になっていた。
まわりにどんなに人が集まっても、どこか一人のような気がしてた。唯一、そうじゃないと思わせてくれたのはいつだって鷹也だった。
はなから諦めていた恋だった。
好きになってはいけない相手だった。
けれど、鷹也は受け入れてくれた。最初は拒否されて、意味わかんねーとか言われ、本気でもうダメだと思った。
それでも、鷹也は時間を掛け真剣に考えてくれた。想いが通じたときは、夢かと思った。
それだけで十分だった。なのに、鷹也は自分にそれ以上の幸せを与えてくれようとする。
「好きんなって、ごめん……。引きずりこんでごめん」
そんな想いはいつまでも消えない。けれど──
「でも、俺やっぱ鷹也じゃなきゃ──」
そう零した言葉を鷹也が唇で塞いだ。
労わるような優しいキスの後、静かに唇を離した鷹也が清照の顔を覗き込んだ。
「あのなぁ……、いまいち信用ねーみたいだけど。俺もおまえじゃないとダメなんだよ。他の誰でもない、おまえでなきゃさ」
鷹也がムニ、と清照の頬を引っ張り、これでもかというほど引き伸ばした。
「……いひゃい…」
「痛くしてんだよ。このボケ」
そう言って一瞬清照を睨んだ鷹也の表情が緩んだ。
「──で? おまえの希望は?」
ずりぃ。こういうときの鷹也の顔は優しすぎてマジ狡い。うっかりときめいちまった。
「鷹也と、住む」
「だから。それは、もう決まってんだよ。条件な?」
「……会社、近いほうがいい。ここより、ちょっと広くて──デカイベッド置ける部屋」
「はいはい…」
鷹也が画面を見ながら、スルスルとマウスを動かしていく。
「他は?」
「……毎日エッチする」
せっかく鷹也と毎日一緒にいられるのなら、これだけは譲れない。
「──それ、物件条件と関係ねーだろが」
「飯は作れねーけど、風呂は洗うし、洗濯もやる!」
飯で負担掛ける分、他の事でできるだけ補うよ。
「……だから、それ同居の条件になってんじゃねーか」
「──だから、一生傍にいてくれよ。今度こそ、誓う。世界中のだれより、おまえのこと大事にする。おまえの気持ちも疑わねぇ! ちゃんと信じる! だから──」
鷹也が呆れたように、でもとても優しい目をして笑った。
「だから、一緒に住むんだろ? 俺も大事にする。今まで以上に、な?」
そんな鷹也の首に飛びついて床に押し倒した。ゴツン、と鈍い音がして、鷹也が「ってぇ…」と片目を瞑る。
「鷹也。マジ愛してる!!」
病める日も、健やかなるときも。
楽しいことも、悲しいことも。
幸せな事も、辛いことも。
何があっても二人で乗り越える。
「おまえ、よくそんな恥ずかしいこと大声で言えんな……」
鷹也が呆れたように言った。
「言えるよ。嘘偽りない気持ちだしな」
好きだと伝えたことはもう数えきれないほどだが、愛していると言ったのはこれが初めてだった。
「──で?鷹也は?」
この際、調子に乗って聞いてみてやる。鷹也自身の、嘘偽りない気持ちも。
「なにがだよ」
起きあがろうと身体に力を入れた鷹也を上から押さえつけた。
「おまえの気持ち。ちゃんと言ってくんねーと、俺また不安に陥っちゃうかも」
ニヤ、と笑いながら言うと、鷹也が心底げんなりした顔をした。
これはきっと、俺の思惑に気づいているからだ。
「俺のこと、どう思ってんの?」
「……だから、前も言ったろが。愛の言葉は安売りしねー主義なんだよ、俺は」
そんなことは分かっている。
こいつが、もの凄く照れ屋で、それを誤魔化しているのがこの口の悪さだということ。
「ケチくさいな、ほんっと!!安売りしちゃえよ、大安売りでいいくらいだぞ」
「っるせえわ」
「つか。いまが、“ココ”って時じゃねぇの?」
じわじわと鷹也を追い詰める。
好きだ、とは言われたことがあるが、その最上級も聞いてみたい。
「“ココ”って時だよー、鷹也?」
「……っ、クソが」
出た。暴言。
「あー、好きだ好きだ好きだー! 愛してる愛してる愛してるー! ハイ、オッケー。これで満足か!」
鷹也が視線を外し、明後日の方向を見て言った。
「なんだよー、その投げやり感!」
「こーゆーのはなぁ、無理矢理言わせるもんじゃねーんだよ」
ムスとした顔が、またなんとも言えない。こういう時の鷹也の顔が、どうしようもなく可愛くてたまらないとか言ったらシバかれるだろうか。
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