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その7
その7
「…お母さんとは、なんとしても清子を一人っ子にしないように頑張ろうと誓ったんだが、その後は子宝に恵まれなかった。…今の話は、可南子には、どうしても言えなかったよ。お母さんには…、それを告げずに死なせてしまったんだ…」
すでに私の目からも涙は流れ落ちていました。
「お父さん…」
私はそう呟いたあと、いつの間にか緩んでいた父の手を再び強く握っていました。
...
「清子にだけには…、どうしても話しておかないと、死んだ後も後悔すると思えてならなかったんだ。…すまない、清子。お父さんを許してくれ…」
私は父が泣いた姿を、一度しか見たことがありません。
それは、その時から4年前に母が病気で亡くなった、病院でのことでした。
母の葬儀の時は涙を堪える姿に留まっていましたし、私の結婚式の時もそうでした。
この時の父が明かしてくれた過去の体験談は、私にとってショッキングなことではありました。
でも、”この時期”に娘の私に告げてくれたことは、父の愛情を感じずにはいられませんでした。
...
その翌年の節分は、3年に一度の年でした。
私は病床の父を車に乗せ、”あの川原”に赴いて一緒に手を合わせました。
ただ一度のすっぽかしによる報いで、妹が死産したのかどうか…、私には推し量る術がありません。
しかし他ならぬ父が、”そのこと”を教訓として、その後の人生を歩んで来たことは間違いないと思えるのです。
それは、人として誠実な行為だったと…。
...
父はその年の暮にこの世を去りました。
私は臨終間際、父にこう言葉をかけました。
「お父さん、”あのこと”を”あの時”に話してくれてありがとう」
その言葉をベッドの中で聞き届けた父は、穏やかな微笑を浮かべて何度もうなずいていました。
おそらくその時父は、告白と言うよりも、自己の教訓を大人となったわが子に伝承できた安堵の念を噛みしめていたんだと思います。
...
ちなみに、あの川の近郊に暮らす子供たちの間では、今も”節分の儀式”の噂は途絶えていないようなのです…。
ー完ー
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