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5時限目…
暑い…。
僕は額に少し汗をにじませていた。
屋上から走って教室に戻るとちょうど先生が入室するタイミングだった。
なんとか間に合ってよかった。
「えー、この時の主人公の心情としては…」
国語の現代文の授業。一番好きな授業だ。
しかし、火照る体の暑さでどうにも集中できない。
手で顔を仰ぎながら何となく隣の席に目線を向けると、
今月さんがどこかそわそわしていた。
何事かと思い机の上を見ると、現代文の教科書が見当たらない。
もしかして…
「今月さん…」
「…っ!…華落君。」
先生にバレないように小声で話しかけると
落ち着かない様子でこちらに応えてくれた。
「もしかして…現代文の教科書忘れちゃった?」
「あっ…えーっと…うん。」
伏し目がちに申し訳そうな顔を見せる彼女。
これが現代文の授業でよかった。
「よかったら僕の使う?」
「…え?」
そういって自分の教科書を先生に目線を少し向けながら差し出す。
「い、いや…そしたら華落君の分がなくなっちゃうでしょ?」
「……僕実は小説好きで…今先生が読んでいる小説、
僕何回も読んだことあるから大丈夫。」
ちらっと先生の目線を確認。
文章に目を落としていて朗読している。こちらには気づいていない。
今先生が解説しながら読んでいるのは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。
貧しい少年のジョバンニが親友のカンパネルラとともに
星空を自由に行く鉄道に乗って旅をする、有名なお話だ。
もう無限に読んだ作品だ。
登場人物の心情なら、僕なりに幾度となく考えてきた。
「いや、でもそんな…悪いよ。」
しかし、ばつが悪そうにしてなかなか受け取ってくれない…。
このままひそひそやっていたらいずれバレてしまいそうだ…。
どうしたら受け取ってくれるだろうか…。
「え、えーっと…じゃあ交換条件。」
「え?」
「僕実は数学苦手なんだ。
もしわかるなら今月さん教えてくれないかな?」
「数学ならいいけど…で、でも!」
ガタッ…!
今月さんが乗り出してきてしまったので、
椅子の金属と床の木材がこすれる音を出してしまった。
「ん?華落、どうした。」
僕はさっと自分の教科書を今月さんの机に滑りこませた。
「あ…」
「す、すみません…。あ、暑くて集中できなくて…。」
苦笑いしながら先生に向かって言い訳をする。
さすがに苦しいか?
「…まぁいい。
お前にとってはもう読んだ話かもしれんが集中して聞いてくれよ?」
そういって先生は朗読を再開した。とりあえず一安心。
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