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その日の放課後…。
僕は帰り道、ユキと別れて駅前の公園に来ていた。
真新しい本を片手に冷め切ってしまった弁当を食す。
その傍らには紙箱に入ったシュークリームが3つ並んでいる。
「……」
ぺらりと折跡のない新しい紙をめくる。
この擦れる音と紙の匂いが僕は好きだ。
先ほど本屋で買ったこの小説…
読んでみると世界観が細かく説明されていて
僕はすっかり架空の世界に入り込んでしまっていた。
ケルト風な雰囲気と魔法が一般化している世界観、
戦争を題材にした展開や主人公に何か隠されている描写…。
全てがやりすぎず混ざり合っており
読者に今後の展開を想起させて飽きさせない。
そうか…こんな表現方法もあるのか…。
純粋に文章の構成や表現技法に感心してしまう。
流行りのファンタジーものだったので多少の不安もあったが
思ったよりも遥かに良い買い物だった。
そうだ…この表現、自分の小説にも活かせないだろうか…?
忘れてしまわないうちにノートに書きこんでおこう。
そう思い鞄を開く。
「……」
サーっと血の気が引いていく…。
ない。僕のプロットが書かれたノートがどこにもない。
慌てて本をベンチに置き、鞄の中身を1つずつ取り出す。
…ない。…違う。……これも違う。
あるはずもないのに制服のポケットにまで手を突っ込んで探した。
まずい…。
どこだ?教室の机の中?
いや、荷物は全部鞄に移し替えたはず…。
考えられるとすれば…
「屋上…。」
焦って教室に戻った時に置いて行ってしまった…?
そんなことあるだろうか?
屋上に自分から持っていったのに持って帰るの忘れるなんて…。
「……。」
記憶は曖昧で否定できないのが辛い。
心臓がバクバクと音を立てていた。
誰かに見られたら本当にまずい。
誰にも言っていない僕の秘密。
幸い名前は書いていないが…そんな問題ではない。
万が一バレたら冷やかされるに決まっている…。
「とにかく早く戻らないと…。」
取り出した荷物を確認しながらしまう。
箱に入ったシュークリームを1つ咥えて
スペースをあけてから崩れないようにかつ迅速にしまう。
やばい、本当にやばい。
こんなことなら…。
「積極的になんて行動しなければよかった…。」
恨めしく呟いて湿気を纏うアスファルトを力強く蹴り上げる。
なんだか今日は走ってばかりな気がした。
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