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それから何十分経っただろうか…。
今月さんは屋上から出ていく様子はない。
彼女は屋上の縁のフェンス越しに
分厚い雲に覆われた夕暮れの空を見上げていた。
「……。」
遠目からでは彼女の顔はわからなかったが、
その後ろ姿や雰囲気はよいものとは言えなかった。
望まぬ相手から好意を伝えられるというのは
どんな気持ちなのだろうか…。
恋愛経験、ましてや告白された経験などない自分には想像もできない。
湿り気を帯びた風が吹きぬける。
曇天がごうごうと鳴いているようで、春の嵐を予感させた。
…雨、降るだろうか。
そんな風にして特に何ができるわけでもなくボーっと数分が経つ…。
……さすがに帰ろう。
この状況がバレるのはまずいがゆっくりと鉄扉を開ければ…。
音を立てずに出ることが可能かもしれない。
香織のシュークリームもクリームが溶けてしまう。
買った本だって落ち着いて読みたい。
曇天なのに傘だって持っていない。
ちらりと手に持った大学ノートに視線を向ける。
…今日思いついた小説だって、まだ納得いく部分まで書けていない。
ここから出たい理由が次々わいてくる。
こうなってしまった自分の運の悪さに苛立ちすら覚える。
なによりも…これ以上はこの居心地の悪さに耐えられそうにない。
「……。」
意を決して立ち上がったその時、
すぅぅ…と大きく息を吸い込むような音。
「…?」
何の音か最初はわからなかった。そして…
「あぁーーーーー!」
まるで心の内を吐き出したような叫び声が屋上に響いた。
しかしどこか芯のある綺麗な声。
僕の体は思わずのけ反ってしまった。
声が出そうになり、肩手で自分の口を抑える。
これは…今月さんの声だ。
え…なんで叫んでるんだ…?
長い叫びの後、しばらくの沈黙。
居心地の悪い空気はその叫び声が引きはがしてくれたが、
驚いてここから動くことができなくなってしまった。
僕は好奇心に勝てず裏手から顔を出し、影から今月さんを見る。
彼女は髪留めを取り出して長い黒髪を1つに結っているところだった。
場違いな感想かもしれないが、
髪を結うその姿は遠目からでもわかる白い首筋をあらわにし、
艶やかでとても…とても美しく見えた…。
一瞬覗かせた横顔は…どこか辛そうな表情に歪んでいた。
しかしそう思ったのもつかの間…。
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