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最悪だ…。僕は生まれて初めて紙の捲れる音を憎んだ。
「……誰かいるの?」
彼女の澄んだ芯のある声を初めて恐ろしいと感じた。
これから梅雨が訪れようとしているはずなのに
僕の体温は氷に熱が奪われるかの如く下がっていく。
すたすたと重さを感じさせない足音が近づく。
今の僕にはまるで地鳴りのように聞こえた。
裏手で必死に息を殺す。苦しい。
その時間は数秒だが、何時間にも感じた。
「……?」
近づいてきたのが分かる。裏手に回り込まれたらおしまいだ。
どうか…どうか…気づかないでください…。僕は強く願った。
…………。
「……ふぅ。」
息を吐くのが聞こえた。そして…
キィー…バタン…。
重厚なドアが開閉される音。
「…………。」
…………。
「……あっ…ぶなかったぁ…。」
…止めていた息を吐き出すと同時に心の底から声が出た。
同時に力が入らなくなり腰を下ろす…。本当に終わったかと思った。
こうしちゃいられない…。
すぐに立ち上がり…慎重に表へ回る。
扉付近には誰もいなかった。
「…よかった。」
そう声を漏らした次の瞬間。
スッ…
後ろ手に回していた僕の手からノートの感触が消えた。
落ちたのではなく、なにか外力で引き抜かれた感覚。
「っ!!!」
考えるよりもまず振り返った。
「…盗み聞きとはいい趣味をしていますね。」
長い黒髪を揺らす後ろ姿がこちらを見ることなく、
ゆっくりと屋上の縁、フェンスに向かって歩いていく。
しまった…。迂闊だった…。
音に気を取られて安堵している間に
反対からぐるっと回って背後に来たのに気づかなかった…。
「どこの誰だか知りませんが、これを返してほしかったら…
私の言うことを1つだけでいいので聞いてください…。」
フェンスにたどり着くのとほぼ同時に
「私が今叫んでいたのは内緒にして…お……い………て………」
勢いよく振り返ってそして…固まった。
丸くて美しい目をさらに丸くして…
いつも綺麗な微笑みを浮かべる唇は薄く開き…
透き通るような色白な肌は血の気がなくなり青白色に近い色に見えた。
まさしく顔面蒼白。
思っちゃいけないと思いながらも、
そんな姿でさえ絵になるほどの可愛さがあった…。
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