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今月さんが微笑んでいた。
おろした長い黒髪が日差しを浴びて照っていた。
「…お、おはよう。今月さん。」
「あっ…おはようございます!
昨日は兄を呼んでいただき、ありがとうございました。」
香織はそう言って深々と頭を下げた。
「華落君の妹さん?」
「はいっ!香織って言います!」
「ふふっ、今月美並です。よろしくね。」
どこか気品さを感じる笑顔を浮かべる今月さん。
その笑顔は僕がいつも教室で見る綺麗な微笑みだった。
その笑顔で気づいた…。
いや、彼女の秘密を知っていなければ気づかなかっただろう。
違和感を感じる要因の一つにこの笑顔もあることに。
綺麗な笑顔。だけどそれは綺麗すぎる。
まるで張り付けたような笑顔で少し不自然だった。
この微笑みの表情は作ったもので、昨日の屋上のときのような…
人間関係を疎ましく思い、苦しそうな悲しそうな、
その表情が今月さんの素顔なんだ。
「あー!そうだ!私、部室寄らなきゃいけないんだった!」
「……え?」
香織が突然、わざとらしくそう言った。
「というわけで兄さん、今月先輩。お先に失礼します。」
無駄な気を利かせる妹。
お前演劇部だろ。演技下手か。
「……ファイトだよ!」
僕の脇腹を小突きながら小声で声をかけて駆け出して行ってしまった。
ぶっちゃけ昨日のこともあって気まずいのに…。
「…何がファイトなのかしら?」
「…あっ…いやぁ…なんだろうね…ははは…。」
今月さんは澄んだ声で僕に声をかけてきた。
同じ綺麗な声だが、まるで氷のように冷えた声色だった。
その声色に思わず委縮してしまう。
「さっき友達がどうとか言ってたよね?」
「えっ。……うん…。」
「昨日の今日で妹さんに私の事バラすなんて…。
やっぱりこれが秘密っていうのは嘘だったの…。」
そういって僕が見慣れたノートを自分の鞄から取り出す今月さん。
「ま、待って!バラしてない!誤解だよ!」
「どうだか…。」
僕の前にノートのページ部分を表にして掲げる。
そのまま重力に任せてパラパラと捲っていく。
「や、やめて!ほんとに何も言ってないから!」
「じゃあ、何の話してたの?」
「そ、それは…。」
思わず言い淀む…。
今月さんの力になってあげたくて…とは言えなかった。
「…嘘じゃなさそうだし未遂ってことで許してあげる。」
そういってノートをしまう。
ほんとに…秘密を預けるって生きた心地がしない。
「今ので私の気持ちわかった?
余計な詮索はしないで。私別に困ってないから。」
「……。」
そういって先を歩く今月さん。
一瞬見えた横顔は…何かに助けを求めるような…
そんな悲しい顔をしていた。
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