2座目 創立祭委員と数学

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~ side 美並 ~ 梅雨の訪れを感じていたここ最近では珍しい晴れ模様。 暑いくらい上がった気温が包む屋上で うっとおしく湿気がかった風がアスファルトの上を躍る。 傍らに置いたペットボトルの水滴が、 早すぎる春の終わりを告げていた。 「……。」 目の前に座った男の子を睨むように見続ける。 嫌な女だ。そう思っていることだろう。 だけど目を離すわけにはいかなかった。 私は…華落君の事を何も知らない。 どんな人生を今まで歩んできて、 どんな性格の持ち主なのか。 自分の秘密を守るためには とにかくこの人の事を知る必要があった。 この人が秘密を話すような人間なのかどうか… 見極める必要があった。 今日半日、華落君の周りからは 昨日の事に関する『言葉』が飛び出してきて 背筋が凍る思いだった。 そのたびにこちらも『秘密』(小説ノート)を持って対抗するが 彼の焦りようや周りの反応から見ても 私のことをバラしていないのは判別できた。 「……あのさ。」 「なにかしら。」 私はいつでも動けるように彼のノートに手をかける。 「…いや、何でもない…。」 「……。」 そんな私の手元を見て伏し目がちに目を逸らす彼。 温めるような陽気も、纏わりつく風も、すべてが煩わしい。 安心できない。安心してはいけない。 自分の秘密を自らバラしてまで私の気持ちと秘密を汲んだ その『偽善』の正体を暴かなければならない。 普通は…他人の秘密を知ったとして、痛み分けなどしない。 それは『偽善』に他ならない。 しかし、昨日と今日半日の彼から総合的に… その『偽善』の正体を暫定的に判定するのだとしたら… 「……お人好し。」 「…え?」 その一言に尽きる。 私にとって「お人好し」は理解できない別の生き物だ。 心からの善意などどうして信じることができよう。 自分の分を顧みず教科書を貸してくれたり… 恩を返す口実を作ってくれたり… バレたくない自分の秘密を自ら共有したり… そのすべては『偽善』だ。そうでなくてはならない。 だから私は『壁』を作ってるのに… そんな人がいるんなら…私はまるで… 「…ばかみたい。」 「あはは…普通に傷つくな…。」 何か勘違いして力なく肩を落とす彼。 私は思わず目を伏せる。 もし善意だったとしたら…? 素直に受け取れず、打算的な考えしかできない私は…? 無駄に他人を傷つけてる私は…? 私は、私自身を肯定するために、彼の善意を暴かないと。 今日は雲がない。星が綺麗に見えそうだった。
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