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~ side 秋人 ~
「……あのさ。」
「何かしら?」
僕は彼女に対して1つ気になったことがある。
スッとノートに手をかけ身構える今月さん。
最大限に警戒されて僕は思わず怯んでしまった。
「…いや、何でもない…。」
「……。」
彼女が目を伏せる。
穏やかな日差しは刺すように彼女に突き刺さり、
温かみを帯びた風が彼女を切り裂くように通過した。
「……お人好し。」
「…え?」
そんな空気を仕方なく受け入れるような力ない声。
芯のある声が小さく広がった。
「…ばかみたい。」
「あはは…普通に傷つくな…。」
照る日差しとは裏腹の沈んだ暗い声。
声と同調するようにおどけたつもりで自嘲する。
そんな僕を見てさらに力を落とす彼女。
そんな表情が見たいんじゃないのに…。
自分の選択をひどく恨んだ。
僕はまだ今月さんのことを何も知らない。
僕は彼女のことを知らなくてはならない。
ここまで攻撃的に僕の秘密を使ってまで
守りたい『秘密』とはいったい何なのか…。
感じている違和感の正体は何なのか。
力になりたいというのもあるがそれ以上に…
この先に何か劇的な展開が待っているかもしれない。
そういった好奇心が僕の悪い癖を蠢かせていた。
今月さんは何かを決めるように長い黒髪を結い始める。
そうしてひとつに結ばれた髪の束は
彼女を纏う風を振り払うように左右に揺れた。
意を決して質問する。
「告白のとき、彼氏がいるって言っていたよね。」
「……あれは嘘。
彼氏持ちなら仕方ないってすんなり諦めてくれるっと思って。
あとはユリから攻められたときの自衛手段。
昨日の様子から察するにそんな必要なかったみたいだけど…。」
「…そうだったんだ。」
潤んだ風が僕の肌を優しく撫でていく。
心にスッと何かが落ちるように…その答えに安堵した。
それがなぜなのかは今の自分では表現できなかった。
突然の先輩からの告白について、
感情のままに叫んでいた昨日とは違って
落ち着いて考えられているようだった。
「数学、教える約束よね。」
「えっ…あ、うん…。でも別に嫌なら…」
「今日の放課後でいいかしら?」
「…放課後は図書委員で図書室にいるよ。
貸出の受付の合間になるとは思うけどそれでもよければ…。」
「わかった。それでいい。」
そう言って頷き、約束を交わす今月さん。
ノートに手はかかっていなかった。
結われた艶やかな髪に反射する日光が形を変える。
静寂が屋上を包む。
静かではあるが決して気まずいものではなかった。
昼休みの時間はゆっくりと流れていった。
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