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~ side 秋人 ~
「はい…こちら返却期限は6月9日の火曜日です。」
「ありがとうございます。」
古びて色褪せてしまった表紙の本を手渡す。
本日2人目の図書室利用者だった。
受付から生徒を見送る。
図書室は今日何度目かの静寂に包まれた。
窓から差す西日が
本棚に置かれた無数の『想像』たちを
仄かに茜色へと染め上げる。
時刻は17時半を指していた。
「……。」
僕は昨日買った本に目を落とす。
しかし、あまり集中していない。
すぐに本を閉じて傍らに置いた数学の教科書を見る。
『じゃあ、華落君。また後で。』
確かに今月さんはそう言った。
しかし、教室から出ていって今の時間まで
彼女は姿を現していない。
「……ふぅ。」
やはり、あれも『方便』だったのだろうか。
人間関係を演じるための引き受けたフリ。
僕は彼女の『秘密』を知っている。
それを考えれば今のこの状況は妥当な結果だろう。
いつもは落ち着くはずの
古びた紙の香りを帯びた空気が
僕の肺に重たく残る。
…やはり、ホームルームの件が原因だろうか。
余計なことをするべきではなかったのか。
怯えているような様子は僕が勝手に感じただけ。
もしかしたら僕が引き受けなくても
卒なくこなしていたのかもしれない。
自分の打算的な行動が
彼女との距離をさらに広げてしまったかもしれない。
考えても…考えても…今の彼女の気持ちはわからなった。
すると…
ガララッ…。
図書室の引き戸が音を立てる。
古びた紙の香りに混ざりこむように
甘く今日何度も香った匂いが入り込んできた。
「…あ。」
「……。」
西日を浴びて長い黒髪が淡く光る。
反射した塵や埃が彼女の周りで踊っていた。
「…よかった。来てくれたんだね。」
「約束したもの。」
僕は受付に『離席中』の札を立て、
受付内の司書室へと彼女を案内した。
「…この中、入っていいの?」
「大丈夫だよ。
普段は九十九先生が中にいるんだけど、
今日は用事でいないみたいだから。」
「…そうなんだ。わかった。」
興味深そうに恐る恐る入室してくる。
学校の裏側に入るのってワクワクする…
そんな感じだろうか?
今月さんはお昼のような刺々しい態度ではなかった。
そんな僕も来てくれたことに嬉しくなっている。
今月さんとの距離が広がったのではないことへの安堵と
秘めたる場所へと誘う優越感で心が少し浮ついた。
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