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ほんのりとした夕日が司書室を照らしている。
「ごめんね。何もない場所で。」
「ううん。入ったことないから新鮮。」
司書室の中はたくさんの本と管理用の学内パソコン、
返却された本などが置かれているだけ。
長机に折りたたみ椅子を出して並べる。
「……。」
綺麗な動作で椅子に座る彼女。
座るときに長い黒髪を耳にかける動作が美しい。
思わずどぎまぎしてしまった。
緊張しながらも隣に腰掛ける。
「少し待ってて。」
そう言って彼女は髪ゴムを取り出して
髪を1つに結い始める。
覗かせた白いうなじが西日を浴びてキラキラしていた。
「じゃあ、始めましょうか。」
「う、うん…。」
「昨日の復習からでいいよね?ノート見せて。」
「…ノート。」
思わずノートという単語に反応してしまう。
「あ、ごめん…。『秘密』じゃなくて…」
「あ…うん。わかってる…。
こっちこそ気を遣わせちゃってごめん。」
今日何度も僕のノートを利用してきたにしては
なんだか不思議な反応だった。
やはり、他人との距離を打算的に取っているとはいえ
根から悪い人には思えない。
「…ノートはちゃんと取ってるね。」
「でもとるので精一杯で…
なかなか身についてないんだ。」
「うーん…授業中の問題を解くときに
板書を映したページを見ながらやるといいかも?
左のページに解説や例題の板書を書いて、
演習は右ページっていう感じに分けて…」
そう言って今月さんはこちらに乗り出して
自分のノートを見せてくる。
普段よりも近い距離で接しているからか、
長い髪から香る甘い匂いがより鮮明に感じられた。
洋菓子のような甘い香り。
心臓が早鐘を打っていた。
「…聞いてる?」
「え、あ…うん。」
不審がられてしまった。
「でもなるほど…こうやってとっていけばいいのか。
確かにこれならわからなかったときに
解説してほしい部分がすぐ目に付くね。」
「私はいちいち戻ったり見返すのが面倒だからそうしてる。
やり方は人それぞれだと思う。試してに一問解いてみて。」
僕は邪な考えを振り切り、練習問題を解き始める。
今月さんは僕から視線を外し、
司書室全体を興味深そうに見ている。
『秘密』が絡まない静かな空間は穏やかに過ぎていく。
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