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美代子も気を使ってくれていたのだろう。がさつなようだけど、コイツはそういう奴だ。そこを上手くアピールする事が出来れば素敵な殿方に見初められる事もあるように思えるが、彼女は彼女で彼女曰く、その乾いた生活というものを謳歌しているきらいがある。要するに、自業自得というやつだ。
そういったわけで、この現状を鑑みるに、私はまたあの頃いた場所に戻って来ているようだった。一体何のために? 彼との五年間は、何のため存在していた?
それを思った途端に、すっと、足元に空いていた穴へ落っこちてしまったような気がする。見えているものと聞こえている音が遠くなる。体から離れた私を私たらしめているものが、深い闇の中に飲まれていく。
あの時から増えたものといったら貯金と、他はなんだろう? 諦めの良さとか? どうあれ大したものであるはずはない。その引き換えとして手放したものは、若さや時間やエトセトラ。その全てがかけがえのないものであるに違いなかった。
さて。これからの私は一体何がしたくて、何をすればいいのでしょう? 頭の中で問いかけてみても、答えは一向に返ってこない。
「あの!」
声を掛けられて、はっとなった。なんだい友人君と、顔を前へ向けると、目の前の男は私に聞いてくる。
「何か飲みますか?」
「え?」
「えっと、ほら。グラス。空だから」
ああ。と私は空になったジョッキへ目をやる。ゆっくりと下へ垂れていく内側についた白い泡を眺めながら、いつかこんな事があったなと考えると、それは彼と初めて会ったあの日だった。
今、私の目の前で、彼とは似ても似つかない男が、あの日の彼と同じ台詞を口にしたのだった。それが私にとってどんな意味を持っていたのかは分からない。ただ、私はそれから、今までにないくらいに酒を飲んだ。
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