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「りょうちゃんはね、いつもこの井戸を掃除してくれてるのよ!」  い、いや……それはすごく有り難い事だけれど………。 「櫻子さん。今日は、私に何の用」  全身ずぶ濡れなのはもちろん、ぼそぼそとした喋り方が怖い。ハンパなく怖い。 「あ、うん。掃除の邪魔してゴメンねっ。実は瑠璃子さん、指パッチンが下手くそでさー」 「そう……」 「で、クロウさんに教えてもらおうと思ったんだけど、クロウさん、教えるの、下手くそすぎてー」 「私が、教えればいいの?」 「うん、りょうちゃん、お願い!」  りょうちゃんは何故かぐいと顔を上げ、濡れそぼって顔に貼り付いた髪の隙間から、極限まで見開いた目で私を見おろした。極限まで見開いているもんだから、剥き出しになった白目が血走っている。ヤバい、チビる。  その怨霊のような顔のまま、りょうちゃんは右手を肩の位置まで上げると、パチン、と爽やかな指パッチンを響かせた。  ……まずい、この音でりょうちゃんの仲間が雑木林からわらわらと湧いて出るんじゃないだろうな?(ちょっとチビった) 「中指の先を、親指の先で支える。中指は親指を押さえ付けるように力を入れておく。親指をスライドさせることで、力を入れていた中指が親指の付け根に勢いよく当たって音が出る。この原理さえ解っていれば、サルでも出来る」  え、あ、そうなの……? 「すまない。“サル”は言い過ぎた。謝る」 「あ、いえ……」 「やってみて」  りょうちゃんの言葉の裏にある「これで出来なかったらあなたはサル以下」という意味にガタガタと震えながら、私は右手を掲げた。  目を閉じて、ゆっくりと深呼吸……私は出来る。本当は出来る子。落ち着いて、ひとつひとつの動作を確実にやればいい。  震えが止まった。  私は強い意志を宿した、挑むような双眸でりょうちゃんを睨み返すと、中指を思いきり親指の付け根に打ち付けた。  ───パチン  周囲の音を掻き消して、その音は高らかに鳴り響いた。 「やった……鳴った……」 「すごーい! 瑠璃子さん、一発で出来たじゃん!」  成功した喜びよりも、ほっとした気持ちが大きくて、私はまたしてもガタガタ震えだした。 「さすが、りょうちゃん! りょうちゃんのおかげで瑠璃子さん、暗闇でひと晩過ごさなくても済んだよ!」 「……井戸の掃除に戻っても、いい?」 「あっ、うん、ありがとー!」  出てきた時とはうってかわって、りょうちゃんは、ていっと勢いつけて井戸に飛び込んだ。私は感激に熱い涙を流しながら、りょうちゃんが消えた井戸に向かって手を合わせた。  よかった。本当によかった。これで誰の手もわずらわせる事なく、電気をつけたり、料理したりできる………  あ、でも、そういえば。  電気が自家発電というのは理解できる。が。  なぜ指パッチンするだけで、つけたり消したりできるんだろう? ***
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