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4 手がかり2
翌朝。悪夢に魘されることもなく、五十鈴裕昌は心地の良い朝を迎えていた。穏やかな朝の光、雀の囀り、窓を開けると爽やかな風が吹き込んでくる。
「はー……爽やかだ……」
なんて呑気に風を全身で受け止める。しかし、昨日のことを思い出して、肩を落とした。
本人突撃取材。他人のプライベートなことを聞くのは気が進まないが、これもあの刀による被害を防ぐためである。
「……着替えないと……」
Tシャツ一枚の姿を見て溜息をつく。基本的に外出しない裕昌は、所持している衣服が極端に少ない。今日はプルオーバーパーカーにしようと決める裕昌であった。
「裕昌~?朝御飯食べたら行くぞ~」
「わかった。今行く」
先に下に降りていた黒音の声が聞こえる。裕昌も手早く着替えを済ませると、下の居間へ向かう。
「おはよう、ばあちゃん、じいちゃん」
「おはようさん」
「今日はどこか行くのかい?」
「うん。お茶漬けでいい?」
かちゃかちゃと朝御飯の支度をする。黒音の分も含めて三人と一匹分の食事を食卓に置く。いただきます。と行儀よく手を合わせて挨拶をすると、裕昌はなるべく急いでお茶漬けを胃の中へ流し込む。因みに、猫舌である裕昌だけは冷茶漬けにしてある。
「ごちそうさまでした。じゃあ、行ってきます!」
慌ただしく片付ける裕昌。上木家には昨日のうちにアポイントメントを取ってある。その前に、刀の事だ。手がかりは全てこの刀が握っている。黒音に頼んで、暴れないよう厳重に抑え込まないといけない。
裕昌は刀が置かれているスペースへ向かった。黒音が刀の力を妖気で抑え込んでいるからか、以前の様な異様な雰囲気は漂っていない。
「おはようございます……」
刀にも礼儀正しく挨拶をする。刀は静かだ。いや、静かであるのが普通なのだが。
そっと手に取ってみるが、反応は無い。
「こら。あまりさわるな」
後方から愛猫の声が聞こえた。
「お前、その刀触ってぶっ倒れたこと忘れたのか?あたしが持っていくから離れてろ。あっ、でも紐は結んでくれ」
黒音はたちまち人の姿になると、乱雑に刀を布に包み、裕昌に紐を結び付けてもらうとそれを背負った。すると、黒音が裕昌に向かって後ろへ下がるように右手で合図した。
「ストップ。このぐらい距離が開いていればまあ大丈夫だろ」
「遠っ!?」
その距離半径五メートル。会話をするには少し遠すぎる。外ではそこそこ大きい声を出さないと聞こえなさそうだ。
「まあ安心しろ。逆にあたしと喋ってたら独り言になって怪しまれるぞ」
「確かに……」
黒音が大抵の人に見えないことを思い出し、自分が黒音と会話する姿を想像する。何もない空間に話しかけ続けるその姿は、紛れもない不審者だ。裕昌は想像したその姿に苦笑した。
「じゃあ、背中は任せた」
「ん。任された」
なんてやりとりを終えると、二人は上木家へと出発した。
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