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裕昌が五十鈴屋を出発した同時刻。
黒音と刀は激しく刃を交わしていた。妖刀が作り上げたであろう結界のおかげで、上木の老人と裕昌以外は取り敢えず巻き込まずに済んでいる。
「朝までには片を付けないとまずいな……」
黒音が少しだけ意識を時間に向けたその時だった。妖刀が目にもとまらぬ速さで間合いを詰めた。
「何っ!?」
不意を突かれた黒音が脇差で応戦する。しかし、威力を増した妖刀は黒音の脇差を弾いた。脇差が激しい金属音のあとに、回転しながら黒音の右側四、五メートル先に突き刺さる。妖刀はそれを拾おうとした黒音の行動を読み、脇差の前に滑り込むと、黒音の首をめがけて斬りかかった。間一髪、黒音は筆架叉で受け止める。
「ぐっ……!このぉっ!」
力任せに妖刀を振り払うと、後方に飛んで体制を立て直した。額に汗を浮かべる黒音に対し、妖刀は涼しい顔でまた駆け出した。黒音も応戦するが、左肩を刃が掠め、傷口から鮮血が飛ぶ。頸動脈を狙ってきたところに筆架叉を滑り込ませ、なんとか防ぐ。脇差を未だに回収できていないことが、黒音が徐々に押される原因になっていった。
妖刀が、妖力を込めた一撃を黒音に振りかざした。それを筆架叉一振で受け止めようとした黒音は、砂塵諸共飛ばされた。塀に衝突した黒音は、その衝撃にすぐには立てない。
「ちっ、筆架叉一本で突っ込んでいっても返り討ちにあうだけか……」
黒音が渋い顔をする。ずきりと、左肩の傷口が疼いた。まだ右肩でないだけましだった。黒音の左腕は肘から先が失われている。相手の攻撃を防ぎ、攻撃手段である脇差や筆架叉を扱う右腕まで使えなくなってしまうことは、黒音にとってはほぼ死を意味するものだった。
「どうする……」
その時、表のほうがやけにあわただしく感じられた。妖刀の動きが止まる。誰かが走っている音を、黒音の耳が拾った。庭に二つの影が駆けてくる。裕昌と女の幽霊だ。
「黒音!連れてきた!」
女は奥のほうで縮こまっている老父を見て、愛おしそうに目を細めた。
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