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1 黒猫と呪いの刀
1 出逢い
電源をつけ、パソコンを起動させる。ヘッドフォンとマイクの調子を確認。録画確認。このシリーズもかなり増えてきた。水を一口飲み、息を吸う。週末の楽しみがこれだ。
「皆さんどーも!t@cです。今日も前回の続き、やっていきましょう」
t@cこと、この男の名は五十鈴裕昌。巷ではそこそこ有名なゲーム実況者だ。なんでも親しみがわく話し方と、叫び声が人気らしい。今起動させたのは、5VS5のチーム対戦バトルだ。RPG要素も組み込まれているため、中々やりがいがある。
「くっそぉ、あの敵どこいったんだ全く……」
キーボードを叩きながら交戦する。敵の隠れ方がかなり上級者だ。突然出てきた敵に、裕昌は思わず叫んだ。刹那。
「おわああああっ!?……ぶっ!」
唐突な後方からの衝撃に、裕昌の顔面がキーボードにめり込んだ。画面には「GAMEOVER」の文字が表示されている。
「うるせえな!猫の気持ち考えやがれ、このやろう!」
きゃんきゃんと甲高い声が耳に突き刺さる。視界の隅に黒い毛玉が動いている。
「お前な……そんな荒々しい言葉使うなって、いつも言ってるだろ。あと蹴飛ばすなよ」
「猫は耳が良いんだから、もうちょっと静かにできねえのかよ」
「だから言っただろ。隣の部屋に居とけって」
「あの部屋胡瓜まみれじゃんか!無理ったら無理!」
そういえば、隣の部屋は親戚から送られてきた、胡瓜やらトマトやらが山積みにされていたか。
黒い毛玉、いや黒猫は激しく首を横に振っている。こんな風に猫が会話していると、そのまま二足歩行しそうな気がしないでもない。
どうしてこんなことになったのだろう。
裕昌は数日前の出来事を思い出した。
裕昌は生粋の動物好き、猫好きである。生まれた時から猫が隣にいつもいたのだ。その愛猫も今は寿命で旅立ってしまい、今までは大学、就職と忙しかったため猫を飼う余裕が無かった。しかし大学も無事卒業し、趣味でゲーム実況動画を投稿し始めてから裕昌は思った。猫と暮らしたい、と。そこで、近くの保護猫カフェに寄ってみることにした。
「いらっしゃいませーおひとり様ですか?そちらの方で消毒お願いします」
笑顔で明るく接客をしてくれる店員さんにはとても好感が持てた。丁寧な猫カフェだな、と思いつつ中に入るとたくさんの保護猫がいた。
スコティッシュにアビシニアンに三毛猫、ここは天国だ……などと思っていると、ふと、黒い猫に目が留まった。
「もう……くろちゃん、またそんなところに……」
毛並みのよい黒猫で、一番高い窓のところにいる。その光景を見て、いや、高いところに猫がいるのは普通じゃ……と思っていたのだ。だが、その猫がこちらを見たかと思うと、窓から降り、近づいてきた。その時、裕昌はあっ、と声が出そうになった。その黒猫は、左前脚が無かったのだ。
「この子、病気か何かなんですか?」
「いいえ?保護した時からすでに片前足が無かったんです。それも、足を失くして大分経ってるみたいで……」
へえ、と相槌を打ちながらその黒猫をまじまじと見た。じーっと見つめ返してくる。
そして、手に身体を擦り付けてきたのだ。裕昌の心の臓は見事に射抜かれ、ぐはあ、と仰反る。
「あら、珍しい。この子全然人に懐かないんですよ」
店員が不思議そうに黒猫を見ている。
『何そのツンデレさ…反則だろ…』
黒猫の可愛さに惹かれて、裕昌は一緒に暮らしたいと思った。
そこからは早かった。キャットタワーに猫用の皿、餌、トイレ、などなど、必要なものは実家から、ペット用品店から買い集めた。そして、いざ共に暮らし始めると、全くと言って手のかからない猫だった。愛嬌もあり、ダメだと言われたことはしない。聞き分けが良すぎるような気もするが、賢い個体なのだろう。「黒音」と名付け、とても可愛がった。そう、ここまでは全く問題ない。
だがその夜。事件は起こった。
やけに物音がすると思い、ふと目を開けた。ああ、いつもの天井だ。そう思ったが、何か違う。その手前に何かいる。女が、じっとこちらを見つめている。
まずい、身体が動かない。
四肢の末端が冷えていくような感じがした。本能が、これはいけないものだと警鐘を鳴らしている。黒音は何処だ。助けに行かないと。その時。
「失せろーーーーー!」
甲高い声と共に裕昌の目の前を、細い光が通った。
恐る恐る目を動かすと、獣耳の生えた少女がそこにいた。黒い髪を左耳の上で一つに結い、 右腕の袖がない和服っぽいものを着ている。
ちょっとまて、誰だ。
反対側に視線を移動させると、透けた女が三又に分かれた棒のようなものに貫かれ、壁に縫い留められていた。これはたしか筆架叉とかいったか。確か下のオカルト資料館にも展示してあった。因みに、裕昌の住んでいる部屋は、今働かせてもらっている老舗の雑貨屋兼、いろいろ古いものを集めた資料館の上だ。
「ふん、この家結構出るな」
少女が見渡すと、辺りには男やイタチや子供が浮かんで集まっている。それが視える。裕昌は硬直していた。
『え?俺って霊感あったっけ?いやいや、今まで見えてなかったし、何なんだこれは!?』
「ここは私の寝床だあああああ!」
脇差の刃が霊を一掃する。瞬く間に霊が消えていく。少女は脇差を収めると、壁に刺さった筆架叉を抜き取り、腰帯に差した。
思わずベッドから転げ落ちた裕昌は、少女の出で立ちと、左袖が不自然に垂れ下がっているのと、エメラルドグリーンの瞳から少女が何者であるかを悟った。
「…………………………………黒、音?」
「あ、裕昌?何やってんだその格好?ってか、視えてんのか?」
見た目とそぐわない口調で首を傾げる。裕昌はと言うと、まだ硬直したままだった。
「あー……私の妖気と同調したか。やっぱり」
「黒音?」
黒音が困ったように後頭部をかりかりと掻く。
「たまにいるんだよなあ、霊力が妖気と同調して急に視えるようになる奴」
「黒音ええええええええ!」
「ぐえっ」
裕昌は情けない声を上げて少女、基、黒音をむぎゅうっと抱きしめた。
「ううっ、無事でよかったよお〜」
「――――っ!痛い苦しい暑苦しい!離せ!」
じたばたとあがく黒音だが、大の大人に片腕だけでは歯が立たない。顔を押しのけたり、ローキックをしたりしているのだが、それどころではない裕昌は離す気がない。
その夜の後の記憶は全くない。
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