1 黒猫と呪いの刀

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 ちゅー、と液状のおやつを吸い、口に咥えながら、片手でぱらぱらと書物を捲る黒音。猫用にしては、なかなか美味しいおやつである。ゆえに、黒音は最近これにはまっていた。お気に入りはやっぱりマグロだ。だが、人の姿でそのおやつを食べているのは、違和感がある。 「やっぱり、最近の事は記録してないか……」  ぽい、と積み重なった書物の山の上にまた一冊重ねる。上木家の倉庫に籠ってはや三時間。これといった収穫はない。刀の所持者や上木家との関係について。様々な資料を読み漁っているが、どれも江戸~大正前期の物ばかりだ。  黒音が前回上木家に訪れた時、刀が刺さったような跡のある部屋があった。そこには上木家の当主らしき老父がいたのだ。彼は見たところ75か、それ以上だろう。つまり、昭和以降に生まれた人だ。そして、女がらみの問題で、相手がこれほど恨んでいるようなものを抱えているとすれば、少なくとも18歳以降、ざっくり見積もれば15歳以降だろう。これらはあくまで妖である黒音の推測だが。 「流石に前世の話まで持ち込んでこられるとなあ……、所持者はよっぽどの執念深い人物か、それとも」  自分と同じ妖か。  妖怪と人間の生きる時間はあまりにも違いすぎる。妖怪にとっては、人間の一生など花が咲いて枯れるようなものだ。交わるときは一瞬で、普通は忘れ去ってしまうような関係である。稀に、共に過ごす時間が長いものもいるが。  黒音は、そこまで考えて息をついた。 「……所持者は人間っぽいな」  あれほどの呪いにも似た恨みを見たことは無い。情が深く、強く、そして心が脆い。人間とはそういう生き物だ。  黒音は昭和期の資料を探そうと棚に手を伸ばした。その時、パサリと手帳の様なものが落ちた。 「? なんだこれ」  拾い上げ、積もっていた埃を払ってみると、綺麗とは言い難い字で「■記」と書いてあった。字がかすれて読めない部分もある。 「日……記、か?誰の……」  一ページ目を捲って、黒音は黙った。そこに書かれていたのは、1960という数字。ここに来て重要な情報が得られそうだ。黒音は黙々と内容を読み始めた。もう一本のおやつを傍らに置きながら。  夕日が差し込む五十鈴屋、裕昌の部屋。そこで黒音は、正座していた。目の前には腕を組み、仁王立ちしている裕昌がいる。 「毎週一本。の約束だったよな?」 「ううううう…………」 「約束を破ったらどうなるか分かってるよな?ということで、二週間『にゃーる』禁止!」 「やだあっ!」 「やだあ、じゃないっ!太るぞ!」  そう。基本的に人間も猫も共通して言えるのは、食べすぎ注意と言う事。  特に『にゃーる』というこの万能おやつ。食いつきが良すぎて管理が大変なのだ。食べ過ぎれば、俗にいう「でぶ猫」になってしまう。これはこれで可愛いのだが、黒音には健康体でいてほしい。  むすう、とふくれっ面になっている黒音。  可愛い。  しかしその可愛さに惑わされまいと、ぐっと耐える。 「悪いことしたら?」 「…………ごめんなさい」 「よし」  こくりと頷いて、黒音の頭を撫でる。相変わらず黒音の頬は膨れたままだ。 「ところで話を変えるが、裕昌。あの刀の事が少しわかった」  今までの穏やかな雰囲気から、真剣な物へと空気が変わる。黒音の声音も、少し低くなる。裕昌も腰を下ろし、話を聞く体勢を整える。  黒音は古びた手帳を差し出した。 「ここに少しだけ書いてあった」 「なっ……!お前、どっから持ってきたんだよ!?」 「明日返す」  しれっと手帳が盗品であるという事を告白する黒音。しかし、まじめな表情を崩さず続ける。 「1960年、5月。駅で、彼女と出会った」
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