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「雨宿り」
雨が降ってきた。
ぽつりぽつりと 足元に落ちてきた。
雨は特別嫌いではない。
洗濯物が一日増えるとか、片手を塞ぐ傘が少し邪魔になるとか、面倒ごとの1つや2つは増えるが、外にいる人が少なくなるのはメリットだ。
いつもより静かな景色を眺めることができる。
いつもより余裕が出た大通りを、人目気にせず歩くことができる。
いつもより気温が低い空気を吸うことができる。
こうして一人公園で道草を食っていても、人に見られることがない。
降っているか降っていないか分からない ささやかな雨。
俺は気にせず、仕事終わりにバックヤードでもらった菓子パンの袋を破き、頬張った。
『悪いが 君を解雇する。』
社長は面倒くさそうに俺を切り捨てた。
『この不景気だろ?新天地に連れて行けるやつは限られてるんだ。分かってくれ。』
現時点でのビジネスに限界を感じていた会社は、他会社に吸収合併される形で新たな経営を始めた。ただしそれは、社員を3分の1カットする条件付きだった。
突然のことに愕然とする者もいた。家族を養わなければいけないと泣き叫ぶものもいた。上層部への愚痴や確証のない噂を流す者もいた。
ただ、仕事への未練もこだわりも失うものも得るものも無かった俺は、自分でも引いてしまうくらい取り乱さなかった。
「これからどう生きるのが一番安全か」
蝋人形のような無表情で、淡々と荷物を片付けながら考えていた気がする。
確かその日も、今日みたいな雨が降っていた。
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