✾心を引き付ける甘い誘惑

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「ずっとキミを窓越しに見つめることしか出来なかった。だから本物に会いたくて……なんか怖いよね。ごめんね……でもキミに会えて嬉しかったよ……ありがとう」 『ありがとう』という言葉が悲しみをはらんでいるような声音に聞こえて思わず振り返り、彼女の背中に言葉を投げかける。 「君は……なにが目的で僕に声をかけたの?」 さらさらと風になびく髪を耳の後ろにかけながら、彼女が振り返る。ミントグリーンのカーディガンからのぞく彼女の手首が透けるように白くて細い。今にも消えてなくなりそうな儚さに僕はハッとして息を呑んだ。 「わたしはただ……キミの本当の笑顔が見たいだけだよ」 うまく呼吸ができないのに心地いいのは、ゆらゆらと揺れる彼女の白いワンピースと一緒に彼女の言葉が甘い香りをまとって僕の周りを温かく、やさしい空気で包み込んでくれているからかもしれない。遠くなっていく後ろ姿を見つめたまま、僕は縫い付けられたようにその場から動くことができなかった。 これが彼女と僕の初めての出会いだった。 あれからどんなに歩道橋を歩いても彼女に会うことはなかった。無意識に歩道橋を渡るたびに彼女を探してしまう自分がいた。一歩一歩と歩道橋の階段を上がるたびにうるさいくらいに心臓が音をならす。今日も彼女はいない。自然と口からため息がもれた。ゆるむ気持ちを引き締めるように両頬を叩く。 「これは違う……がっかりしたとかじゃなくて……そう、あんなこといわれたら気になるよ。だから答え合わせをしたいだけ……ただそれだけだよ」 僕の独り言がむなしく空へ消えていった。
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