とある村の異変

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==========  旅の準備をして翌日、田中は弥兵衛を連れて彼の町へと向かった。早くに出て、その日の夜更けに到着した町は宿場であり湯治場だというのに硬く門を閉じて余所者を入れないようにしている。田中も弥兵衛を伴って、かつ義尚の書状を持っていなければ入れてもらえなかったかもしれない。  弥兵衛の案内でそのまま逃げ込んだ男がいるという町の寺へと向かうと、僧侶は快く迎えてくれた。 「ご足労頂き、有り難うございます田中様」 「それは構わないが、いつもこんなに硬く門を閉じているのか? ここは湯治場だろ」  この町は温泉が涌く。その為近隣の町などからも人がくるし、特に傷にいいとされて古傷を癒やしに他藩からくる者もいる。夜が更けてもそこそこ賑やかだと記憶しているのだが、今は人が出歩く様子がない。  寺の僧侶は困ったように眉を寄せ、首を横に振った。 「皆、恐れておりましてね。その……」 「魔物、ですか?」  口にすると僧侶は静かに頷きながらも唇に人差し指を当てた。 「名は呼びます。あまり、口にされない方が宜しいかと」  僧侶の言葉に田中は大人しく口をつぐんだ。 「あれは夜に活発になると言われておりましてな。故に夜は硬く門を閉じ、家に引きこもっております」 「そういうものか」 「それほど恐れているのですよ。特にあのような者を見ては、仕方の無い事かと」  そう言いながら僧侶が足を止めたのは、寺の中でも奥まった一室だった。  部屋に入るとぼんやりと行灯の明かりが見える。その中に、全身を包帯で巻かれた男がいた。胸や目に包帯を巻かれた男は苦しげに息をして、虚ろな視線を投げている。  そしてこの部屋は、不快な臭いが充満していた。肉や魚が腐ったような、胃がムカムカする臭いだ。 「……生きながら、腐っていくようなのです」  僧侶の呟きに、田中は目を見開いた。想像するだけで恐ろしく、皮膚の下がムズムズする。人が生きながら腐るなど、恐ろしくて叫びたくなる。  僧侶は部屋に入り、男の側に座った。田中も覚悟を決めて、それに倣った。 「具合はどうだ?」  僧侶の声に、男は虚ろながらも頭を動かす。そして田中を見て、涙を流した。 「こちらは都のお侍さんだ。お前が見たものを、すまないがもう一度教えてくれるか?」  僧侶の言葉に、男の唇が僅かに動く。艶を失ったひび割れた唇が、苦しいだろうが言葉を発する。 「与助(よすけ)が…………化けもんになっちまったぁ…………」  具体的な名前が出て、田中は多少驚いた。魔物というともっと得体の知れない、幻のようなものだと思っていた。どこの誰かも分からない、例えば深い森の中で不意に感じる不気味な空気のような、そんな実体のないものと思っていたのだ。 「みんな、死んじまって…………与助がぁ……」 「……これの繰り返しなのです」  僧侶が項垂れて首を横に降る。そして男の肩をそっと叩き、眠るようにと促して部屋を出た。  空き部屋に場を移した田中に、僧侶はこれまで分かっている事を伝えた。 「あの男の村はここからそう離れておりませんでな、明るくなって人をやったんですが……酷い有様だったようです」 「具体的には」 「……この世の地獄を見たと。男も女も、赤子も老人も皆、肉を裂かれ食いちぎられて倒れ伏し、家の壁などには血の跡の他、大きな爪痕も残っていたそうです」 「…………」  田中も、この世の地獄と思った光景を何度か見た。戦場は、常にそのようなものだったと思う。  己の信念を胸にした者、もしくはただ従うしかなかった者。そういう者の亡骸が転がる光景は、戦いの高揚感を一気に冷ましていく。虚しいと、思えてしまう光景だ。 「犯人はその、与助という男なのか?」 「それは、我々にはなんとも。その場に生きた者はおりませんで」 「あの男の言葉しかないんだな」 「その通りです」 「……あの男は、長くないな?」 「はい、残念ながら。傷口から腐って、徐々に広がっております。どうする事もできません」  僧侶の言葉に、田中も先ほどの臭いを思い出してまた腹がムカムカする感じがした。 「明日、この目で確かめてみたい。案内をお願いできるか」 「弥兵衛を出しましょう」 「頼む」  それで、この夜は終いとなった。
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