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「大きく、なったわね」
「だねぇ、まさかこんな大きくなるとは思わなかった」
「違うわよ、あんたのことよ」
「え、わたし?」
庭の縁側で脚をブラブラさせながら、わたしと母親は目の前の低木――と呼ぶものよりも遥かに幹は太く枝ぶりも良い樹木を見詰めていた。
「もう、大学も卒業ね」
「……うん、就職先も決まったし、これからはわたしが母さんに楽をさせてあげられる」
「何言ってんの、馬鹿ね」
「今までさ、母さん、わたしの為にずっと休み無く働いてきてさ、すごく大変だったと思う。すごく、感謝してるんだ」
「……馬鹿ねぇ」
「だからさ、これからは、わたしを――頼ってよ。今はまだ頼りないけどさ、社会人になって、働いて、お金を稼いで、いずれはさ」
「無理することないわ」
「無理じゃないっ。わたし、本当に感謝してるんだ。母さんのこと、尊敬してるんだ。大好き、なんだ。だから――」
母親はわたしに視線を向けた。疲れたように、笑った。
「ふふっ、大きく、なったわね」
「そうか、な」
「ええ、本当に頼もしい。もう、立派に成長したのね」
母親はわたしから視線を外した。目を爛々と輝かせて、笑った。
わたしはその瞳を見て思わず目を伏せてしまった。何か得体の知れない不安が心を渦巻いていた。だから、わたしも恐る恐る、目の前の――あのとき、オークションで買った種子から芽生え、成長を遂げた樹木を見つめる。
未だに何の植物なのかも分からない。ネットや図鑑を調べても何の解答も得られなかったそれは、今は太い幹と、それとほぼ垂直に、真横に大ぶりの枝が数本、伸長している。しかも、もう春だというのに葉の一枚もつけていない。
わたしが高校の頃に落札したあの種。土に落とし、異常な速さで芽吹いたその植物は、なぜだか四季折々、どんなときでも葉をつけることはなかった。それで植物として成立するのかわたしには分からなかったが、あれから七年、この樹は枯れることなく、今は立派に我家の庭に鎮座ましましている。
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