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キスの日SS おうちデート(真田の家)
今日は休みだ。普段なら休みの前日の夜は七森課長の家で過ごすのだが、昨日は課長が他の事務所に呼ばれていて、夜も打ち合わせ兼飲み会だとかで、一緒に過ごすことが出来なかった。
今朝は家事を片付けて、少し資格試験の通信講座をおさらいしたりしながら時間を潰した。ちょっとそわそわする。時計ばかり気になってしまう。
俺は部屋を見回した。うん。ちゃんと片付いている。その時、ピンポーンと音がした。
「は、はーい」
慌てて立ち上がって、鍵を回して扉を引いた。
「おはよう、真田。元気そうだな」
私服姿の七森課長がそう言って、俺の額に口付けを落としてくれた。
課長は背が高い。俺より頭一つ分、だからか、よく額にキスされる。嬉しいのだけれど、ちょっと物足りなく感じてしまう俺は、欲張りなのかもしれない。
「課長、おはようございます」
「課長はやめろよ、あき」
俺の名前は真田昭利。あきは、課長だけが呼ぶ俺の呼び名。
「幸也さん、耳元で喋らないで……」
顔が赤くなるのが自分でもわかる。耳まで赤くなっているかもしれない。
課長はとてもいい声をしていると思う。イケボってやつだ。だから、耳元でその声を聞くと、腰に甘い痺れが走る。課長が、ふっと笑って俺の頭をポンポンと叩いて、部屋の中へと入っていった。1DKの俺の部屋は、家賃の割に広めで、設備も整っている。いわゆる、掘り出し物件というやつだ。課長の伝手で入居出来たのだ。仕事柄、課長は様々な人脈を持っている。特に、地主さんの知り合いは多い。
「あき、そんなところで立ってないで、こっちにおいで」
ぽんぽんと無造作に腰かけた二人掛けソファの隣を叩いて、課長が俺を呼ぶ。
「幸也さん、なにか企んでいません? 」
「心外だな。何も企んでないよ。たださ、昨日面白い話を聞いたんだ」
「面白い話? 」
課長の隣に座って首を傾げたら、顔が迫ってきた。チュッと唇にリップ音。
「今日はキスの日なんだって。あきといっぱいキスしようと思って、これ持ってきた」
課長がポケットから取り出したのは、カラフルなリップ。ピンクと赤とオレンジの可愛らしい三本のリップが、課長の大きな掌の上に載っていた。
「ピンクがジャスミン、レッドがストロベリー、オレンジがマンゴーの香りだって。あきはどれがいい? 」
それは、二十六の男が付けるには可愛らしすぎる気がした。試しにオレンジを手に取って鼻を近づけてみる。甘ったるいマンゴーの香りがした。手の甲に塗ってみると、うっすらとオレンジ色に色づいた。
「幸也さん、俺が塗るんですか? これ」
一応、嫌そうな声を出してみる。でも、ちょっとにやけてしまうのはしょうがない。課長とキスをするのは大好きなのだ。嬉しくなってしまうのはしょうがない。
課長が俺の手を取って、クンクンと匂いを嗅いだ。
「いい匂いだな。マンゴーか。これにするか」
俺の手からリップスティックを奪って、唇に近づけてくる。顎に手を添えて、器用にリップを塗ってくれた。そうして、満足そうに頷いている。
「可愛いな、あき」
俺なんかがオレンジのリップを塗ったところで、可愛くなんかならないと思うのだが、課長にそう言われると、まんざらでもないと思ってしまう。
課長の端整な顔が近づいてきて、そっと唇が重なった。
何度も啄むようなキスの後、そっと侵入してきた課長の舌が、俺の舌を絡めとる。
深くなるキスに、鼓動が跳ねる。
「キスの日だから、夜まではキスだけな」
テントを張った俺の股間をちらりと見てから、課長は悪戯っぽくそう告げた。
いつでも俺は、年上の彼氏の掌の上……なのである。
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