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10・尾形サイド
「先輩、着きましたよ…あれ?」
隣の助手席からは規則的な寝息の音。
「ありゃ……お疲れなのかな」
一応、腕時計を見て、打ち合わせの時間までまだ余裕があることを確認する。そして、鞄を両手で抱えて眠る先輩の寝顔をしげしげと眺める。
……やっぱり綺麗な顔してるなあ。睫毛長いし。鼻筋通ってるし。高校の頃からそれは思ってたけど。……まさかファンクラブまであるなんて知らなかった……。
高校の時の先輩は、いつも違う可愛い女の子を連れていた。先輩が連れているのか、彼女達がただくっついて歩いているだけなのかは分からなかったけど。
校舎裏で告白されてるのを見たこともある。部室近くで『久坂くん、いるかな?』と聞かれたのも一回や二回じゃない。
今、先輩がこうして隣で眠ってるなんて奇妙な感じだ。一年の頃の三年生なんて、めったに話せる相手じゃない。部活の時に指導してもらえるだけで緊張してたのに、こっちから話しかけるなんてできるはずもない。そんな中、久坂先輩はオレのことホントに目を掛けてくれて……いろんなことを教えてもらって。嬉しかった。部活を引退してからも、何かと気にかけてくれて、様子を見に来てくれた。先輩に見てもらえることで、オレも辛い練習に耐えられた気がする。
学年が上がってキャプテンになった時も、いつも思い出すのは先輩のことだった。久坂先輩ならどうするか……ピンチの時に助けてくれるのは、いつも先輩の言葉だった。
『大丈夫、お前ならやれる』
受験も就活もそうして乗り越えて来た。思えば高校の頃から、先輩のことを思い出さない日はなかったかもしれない。
その先輩が目の前にいる。毎日一緒に仕事して、毎日怒られて。高校時代よりもっとずっと親密に過ごしている。
もっと知りたい。先輩のこと。何が好きで、何が嫌いで。どんな恋愛をしてきて――。
また、先輩の顔をじっと眺める。何でこんなに綺麗なんだろう。いつまで見てても飽きることがない。
先輩の寝顔なんて……あの夜以来だ。
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