7・久坂サイド

3/4
前へ
/77ページ
次へ
「おいっ」  ドキリと心臓が鳴った。――大きな手。バスケットボールも片手で掴めるかもしれない。  頭に血が上って、体中がどくどく音を立てている。息が苦しい。 「もう、放せ……っ」 「はあい」  名残惜しそうにゆっくりと尾形の手が離れていく。  俺はほっとして、大きくため息をついた。  試合は、本当に素晴らしかった。点の取り合いのシーソーゲームで、正直どちらが勝ってもおかしくなかった。 「……惜しかったですね」 「そうだな……でもいいもの見せてもらったよ」  廊下のあちこちで繰り広げられる悲喜こもごもの風景。  俺にもあんな時代があったなあ。まあ決勝なんて大舞台に行く前に、負けちまったけど。  昔を思い出しながら高校生達を眺めていると、後ろから 「危ないっ!」  と大声が聞こえた。と思うといきなり頭を抱きかかえられた。固い胸板に勢いよく頬が当たる。 「すみません! 大丈夫ですかっ!?」 「あぶねえなあ……気をつけろよ」  触れている耳から直接、尾形の声が響いてくる。そのことになぜか胃の辺りがきゅっと縮んだ。 「先輩? 大丈夫ですか?」  飛んできたボールを尾形が片手で止めていた。やっぱり。手がデカいもんな。  悔しい。現役の頃、俺があれくらいデカかったら。もっと上まで行けたかもしれない。  ないものをねだっても仕方ない。それは昔から何度も自分に言い聞かせた。デカいやつらを羨ましがっても、俺の身長が伸びるわけじゃない。 「先輩? どっか打ちました? 痛いとこあります?」  返事をしない俺に、尾形がオロオロと顔をのぞきこんでくる。 「……なんでもねえ」  尾形は悪くない。それも十分分かってる。でも悔しい気持ちはおさまらない。  尾形の腕にすっぽり収まっていた自分の体を乱暴に引きはがす。 「先輩?」  不安げに眉を寄せて俺の肩に尾形が手を置いた時。 「――尾形くん」  鈴を振るような声が尾形を引き止めた。 「井上……?」
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1243人が本棚に入れています
本棚に追加