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「おいっ」
ドキリと心臓が鳴った。――大きな手。バスケットボールも片手で掴めるかもしれない。
頭に血が上って、体中がどくどく音を立てている。息が苦しい。
「もう、放せ……っ」
「はあい」
名残惜しそうにゆっくりと尾形の手が離れていく。
俺はほっとして、大きくため息をついた。
試合は、本当に素晴らしかった。点の取り合いのシーソーゲームで、正直どちらが勝ってもおかしくなかった。
「……惜しかったですね」
「そうだな……でもいいもの見せてもらったよ」
廊下のあちこちで繰り広げられる悲喜こもごもの風景。
俺にもあんな時代があったなあ。まあ決勝なんて大舞台に行く前に、負けちまったけど。
昔を思い出しながら高校生達を眺めていると、後ろから
「危ないっ!」
と大声が聞こえた。と思うといきなり頭を抱きかかえられた。固い胸板に勢いよく頬が当たる。
「すみません! 大丈夫ですかっ!?」
「あぶねえなあ……気をつけろよ」
触れている耳から直接、尾形の声が響いてくる。そのことになぜか胃の辺りがきゅっと縮んだ。
「先輩? 大丈夫ですか?」
飛んできたボールを尾形が片手で止めていた。やっぱり。手がデカいもんな。
悔しい。現役の頃、俺があれくらいデカかったら。もっと上まで行けたかもしれない。
ないものをねだっても仕方ない。それは昔から何度も自分に言い聞かせた。デカいやつらを羨ましがっても、俺の身長が伸びるわけじゃない。
「先輩? どっか打ちました? 痛いとこあります?」
返事をしない俺に、尾形がオロオロと顔をのぞきこんでくる。
「……なんでもねえ」
尾形は悪くない。それも十分分かってる。でも悔しい気持ちはおさまらない。
尾形の腕にすっぽり収まっていた自分の体を乱暴に引きはがす。
「先輩?」
不安げに眉を寄せて俺の肩に尾形が手を置いた時。
「――尾形くん」
鈴を振るような声が尾形を引き止めた。
「井上……?」
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