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「す、すみません、寝かした方がいいかと思ったんですけど、オレうまくできなくて、あの、壁にぶつけちゃって……」
「……お前が送ってくれたのか」
「え? あ、はははいっ」
どうでもいいけどさっきからやつの態度がおかしいな。
「あの、さっきのはそれでまっすぐ寝かそうとしてああなったわけで、その決して深い意味は……っ」
深い意味なんかあってたまるか。
「ああ……分かってる。送ってくれてありがとうな」
でもなんであんなに一生懸命言い訳してんだ。らしくないな。……ん?
「そういえば、よく俺の家分かったな」
「え、でも先輩、タクシーの運転手にちゃんと指示してましたよ」
酔って記憶なくしてもそこはきちんとしてんだな。俺偉い。
「あの、そしたらオレこれでっ。頭すんませんでした。失礼しますっ」
「あ、おい……」
俺が呼び止めるのも聞かず、尾形は慌てて部屋を出て行った。
……へんな奴。タクシー代くらい出してやろうと思ったのに。でもまあいいか……今日は他の奴にいてほしくない。
『暁……愛してる』
あの人の手が俺の髪を撫でる。耳に響く、優しい声。
『和彦さん……俺も……』
愛してる。ずっと……。でも……さよなら……。
頬を伝う冷たい感触で目が覚めた。
夢の中では、温かい指が涙を拭ってくれたのに。
「和彦……さん……」
愛しい人の名前を呟いてみる。
分かってた。いつかこんな日が来ること。あの人は俺のそばにずっといてくれるわけじゃないってこと。
「う……っ……」
顔を両手で覆って、布団の中で胎児のように丸くなる。涙が後から後から溢れてくる。
こんなにもまだ好きなのに。いつかは忘れられるのだろうか。いつか、懐かしく思い出す日々が来るのだろうか。
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